六回裏の攻防 2

体格も大きいわけではなく、筋力も一流選手と比べれば雲泥の差。ただ、そんな石川がプロ野球選手になれたのはやはり武器があったからだ。


その武器とは何か。これまでの試合を見ていれば分かるように、確かに俊足もその一つである。





しかし、大八木は一つ、忘れていた。


たった、数十分前に起きた出来事を。




バッターボックスに入った石川は、実のところ、僅かに震えていた。先ほどの状況とは明らかに違う。何故なら、チャンスは「たった一度」しか無いからだった。


ダイヤモンズバッテリーもその足を警戒しており、俊足を使わせないように三振を取ることができれば、最良の結果となる。



「バットに当てさせなければ良い」と大八木は内角低めギリギリの直球を投げ込む。石川はバットを短く持ち、コンパクトなスイングでボールをミートしようとしたが、あえなく空を切った。



「くっそ!」



思わず石川から声が漏れる。


ダイヤモンズバッテリーはその姿に、石川は直球を狙っていたと推測した。九番、しかも初球であれば直球でなるべく早くカウントを稼ぎたい心理はある。ただ、その一球目を仕留め損なった。


「次も直球狙いか?」と大八木は外角へのスライダーを選択。疲労からかボールは狙っていたコースより内側に入ってきたが、石川はこのボールもスイング。バットには当たったものの、ファウルで一塁側のスタンドに飛び込んだ。



石川と大八木の力量や経験を考慮すれば、追い込んでしまえば、圧倒的な投手有利となる。大八木はそこからボール3つ分余裕を持てるからだ。三球勝負でも、ボールになる変化球を三球続けても良い。投手側の選択肢が増えれば打者は次に来るボールが読みにくくなる。



ここで大八木はカーブを選択する。その理由は、次に投じる直球を生かすため、緩急の布石を打つと同時に、上手くいけば三振に仕留められる可能性もあったからだ。


そして、外角から内角へと食い込むカーブを投げた時、大八木は心中で驚きの声を上げた。


「ス、スリーバントだと!?」


石川は滑らかな手つきでバットを操作し、ボールの勢いを調整してバントした。そのボールは一塁線に向けて転がって行く。


「くそっ!」


大八木は慌ててマウンドを駆け下りていった。

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