第2話 朽ちた別荘




「それがね、肝試しに誘われたのですわ」

「……肝試し、ですの?」


 優花お姉さまの話では、最近知り合った人――言葉を濁してはいましたが、あの昼間の男の人であることはわかりきっていました――から肝試しに誘われ、一度は断ったものの、どうしてもと乞われて参加する羽目になってしまったようです。

 お姉さまは意外とおねだりされるのに弱いのです。それは妹であるわたくし――凛花もよく知っています。



 しばらく歩いて、ようやく肝試しの『会場』に到着しました。

 そこは――


 廃棄されたらしい、旧い洋風の別荘でした。

 壁に茨のようなものが這っていて、ところどころに赤い薔薇らしいものが咲いていました。

 冷たい風が、ひゅうっと吹いて、私たちのワンピースの裾を揺らします。

 ……その風に乗って、どこからか笑い声のようなものが聞こえてくる気がします。

 背中がぞわぞわといたします。


「お姉さま……」

 わたくしは、思わず優花お姉さまの白いワンピースのウエストあたりをつかんで、もう帰ろうと促しました。

「……このまま帰れば、きっと臆病者と笑われてしまいますわ。……行きましょう、凛花」

 お姉さまの体は小さく震えています。お姉さまだって怖いに決まっているのです。

「……はい、お姉さま」


 朽ち果てた門だったらしいところに差し掛かると――無造作に置かれていたずだ袋のひとつが、もぞもぞと動きました。

 ……!

 ずだ袋、だと思っていたのは……ぼろぼろの服をまとった浮浪者のようです。

「……」

「い、行きましょう、凛花……凛花!」

「は、はい……っ……!」


 小走りで朽ちた別荘の表玄関に向かうわたくしたち姉妹の背中を、浮浪者がじっと見つめ、小さく笑っているような気がいたしました……。




 表玄関の大きな扉は、ぎぎぃという音を立てながらではありますが、あっさりと開きました。

 中は暗く、懐中電灯の明かりが頼りなく感じられます。

「あの方たちは、一階の大広間で待っているとおっしゃってましたわ。たぶんこちらよ」

「本当に、あの方たちもいるんでしょうか……おびえる私たちを見て、物笑いの種にしようとするのでは」

「……そうだとしても、おびえている様子を見せなければいいだけよ。凛花、怖ければ手をつなぐ?」

「……お姉さま……はい、そうしましょう」

 わたくしたち姉妹は手をつなぎました。

 お姉さまの手はしっとりしていて、ちょっとだけ冷たくて……そして小刻みに震えていました。


 お姉さま、何があっても、わたくしが――凛花がおまもりいたしますからね。



 大広間へつながるらしいドアは、すぐに見つかりました。

 他はシンプルなドアでしたが、そこだけ両開きの大きなドアだったからです。


「……開けますね」


 片手はそれぞれ懐中電灯でふさがっているので、一度つないだ手を離して、大広間へつながるらしいドアをおしあけます。

 ドアは、どうしてかはわかりませんが、なめらかに開きました。


「……!」

「あれは……?!」



 大広間のシャンデリア。

 そこからぶら下がる朽ちかけたロープ。

 そのロープの先は、輪になっています。


 それが、意味することは。


 ふっ、と視界が真っ暗になりました。

 懐中電灯が消えたのです。


「き、きゃぁあああああああああああああああああああああああっ!!」

「いやぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」



 わたくしは悲鳴をあげ、懐中電灯を落としてしまいます。

 その、懐中電灯が落ちるごとん! という音すら恐ろしく、わたくしはしばらくその場にうずくまってしまいました。




 ……どれぐらい、時間が過ぎたでしょうか。


 わたくしはスマートフォンを持ってこなかったですし、腕時計もつけていなかったので、時間がまるでわかりません。


「……お姉さま……お姉さま……」

 優花お姉さまを呼びますが、返事はありません。

 わたしはどうにかこうにか、紺色のワンピースが汚れるのも構わずに床を這いまわって、懐中電灯らしいものをつかみました。

 スイッチを何度かつけなおしすると、ようやく懐中電灯は点灯してくれます。


「……お姉さま」


 だけど、だけど、だけど!

 大広間のどこを照らしても、お姉さまの姿はありません!


「お姉さま、お姉さま、どこですかお姉さま!」


 きっと今の私は涙でぐちゃぐちゃでひどいものでしょう。三つ編みのおさげ髪も乱れていることでしょう。でもそれがなんだというのですか、お姉さまがいないのです。

 この朽ちた別荘で、お姉さまとはぐれてしまったのです!

 わたくしはお姉さまをおまもりするって、誓ったのに!


「お姉さま、どこですか、お姉さま!!」



 懸命に、お姉さまを探し、朽ちた別荘の一階を駆け回るわたくし。


 割れた窓から、薔薇の甘い香りが流れてきていました。

 どこからか、笑い声が聞こえてきます。


 ああ、やっぱりあの男の人たちにからかわれたに違いありません!!

 となると、今頃お姉さまは……あの男の人、に……?


 そんな最悪の想像をしたくなくて、そのヴィジョンをふりきるように、わたくしは階段を上りました……。




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