Enemy Side

 自身の周囲で激しく回転する刃を感じながら、美久の顔をした出張店舗型メイド喫茶の化身、「ミルフィーユ」は歯を食いしばる。

 最初の不意打ちで落とせなかったのは初めてだ。さすがは四戦を勝ち残っているだけの事はある。だが機体は損傷させた。もう時間の問題だ。

 弱くてもいいから機銃の一つでもついていればと思う。そうすればあんなやっと飛んでいるだけの機体、簡単に撃ち落とせるのに。

 ミルフィーユは店舗を持たない、出張店舗だ。イベントで一定期間だけ会場に店舗を構え、期間が過ぎれば解体される。それも近年需要が減って、忘れ去られようとしている。決まった土地を持たない性質のせいか彼女の城には執事がいない。

 サポーターで始めたがパイロットを得られず、居城を持たないため人間が来るのを待って力を借りる事もできなかった。

 止むを得ずパイロットに転向。

 サポーターのスキルを持ってパイロットになる有利のため、生き残っても願いはサポーターに優先権がある。

 しかし転向の有利はサポーターで戦った経験があればこそ。いきなり転向した自分は少しばかり知識が多いだけだ。戦歴を重ねればもう有利はない。

 だからこそ『かな』との信頼関係を大事にしてきた。一心同体の戦友なのだ。

 あんな、メイドの服の下しか頭にない人間の男に、負けるわけにはいかない。


 距離が近くなってきた。ドリルはまだ予備もある。撃ち出してもいいのだが近すぎると敵機体の破片で自分も危ない。

 ここは機体が接触するくらいに近づいてドリルを刺す『ハンギングクロー』で行こう。

 ドリルを機体の前方に移動させる。ドリルはただの円錐ではない。回転していると分からないが鉤状の突起がたくさん付いているので、軽く触れるだけでも機体はズタズタだ。


 ドリルの射程はせいぜい五メートルほど。攻撃するには機体が接触するほど近づかなければならないためかなりリスクがある。

 本来は、かすめるように飛んですれ違いざまにドリルを接触、または撃ち出すのが基本戦法なのだが自分には無理だ。最初の騙し打ちに全てを懸けてきた。


 突然相手との距離が詰まる。エンジンが更に不調を起こしたか? ならばこのまま叩き落とす!

 とドリルを振り上げ、一気に叩きつけるように動かすと同時に、相手尾翼からビール缶のような物が三つ、切り離されて飛んできた。

 後方機雷? そんなバカな!?

 そんなものがあるならもっと早く使っているはず。こんな距離で使うなんて、捨て身にもほどがある。この戦いに相打ちによる引き分けはないのだ。


 缶から放出された黒い弾は、互いに接触し、空中で爆発する。機体にもいくつか当たり、キャノピーにも亀裂が走ったが致命傷ではない。

 一旦離れてしまうのはリスクがあるが、また背後を取るだけだ。もう機雷はないだろう、だが時間が間に合うか。

 と一瞬の間に考えを巡らせたが、それはコクピットを突き破ってくる鉄の塊に阻まれた。

 ひどくゆっくりと時間が進み、紙を破るように強化アクリル製のキャノピーと計器の並ぶ台座がひしゃげ、その間を強引に分け入ってくる鉄の塊には、たくさんの鉤爪が並んでいるように見えた。

 それが互いにぶつかって弾かれた自身のドリルが跳ね返ってきたものだと理解する間もなく、鉄の塊はコクピットを通り抜けた。

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