前夜
「い、生きてたの?」
「はい!」
「あ、あの佐原……じゃない。対戦相手は?」
「彼は、我々の力として吸収されます」
チェコフが説明する。
あの佐原の顔をした男もウミネコと同じ、店に残された残留思念が具現化した物のようだ。
生き残りを懸けて互いに戦い、負けた方は吸収される。でもサポートしていたメイドは負けても相手側に移るだけで済むらしい。
それでウミネコは自分は死なない、と言ったのか。僕が負けても、向こうに行くだけだから。それを行かずに、一緒に逝くと言ってくれたんだ。
もっとも、ウミネコもチェコフもルールだと言って多くを語らない。今のは僕なりに感じた事と予想を交えた答えだ。まだまだこの世界の事は分からない。
「それでご主人さま。今晩はあたしを選んでくださいますよね?」
と新しいメイドは小さく跳んで首をかしげる。小さいけど可愛いなこの子。
今晩って事は、この子も添い寝してくれるって事かな。
「旦那さまっ。か、彼女は小さすぎますよっ!」
「大きければいいってもんでもないですわっ」
そりゃ確かに小さいけど、別に嫌いじゃない。ていうか何だろう、二人で僕を取り合ってるんだろうか。
「だ、旦那さま? わたくしは旦那さまのためなら命だって捨てますのよ?」
「たまには別の子も相手しないと、もったいないですよ」
やいのやいのと言う二人を相手にするのは正直悪い気分ではない。
「じゃあ、二人とも」
ピタッと二人の言葉が止まり、出した手にはそれぞれ斧と短剣が握られている。目が本気だ。
「……なんて事はしないよ。ちゃんと選ぶ選ぶ」
両手を振って取り繕う。
でも、どっちを? ホント言うと新しく来た子の事をよく知りたい。
「じゃあ、親睦を深めるって意味で、風華ちゃんを」
「やったー」
と小さいメイドは両手を上げて喜ぶ。
ウミネコは……、唇を噛み涙を浮かべてわなないている。
そ、そんなに悲しまなくても……。
「ばかあっ!!」
怒られた。
「次の相手で御座います」
とチェコフが書状を差し出す。
「え? まだ戦うの?」
「はい」
「何回?」
「それは私にも分かりません」
「そんな……」
「では参りましょうか」
風華が言う。例の顔合わせというやつか。こんな直ぐに次の戦いがあるなんて。
「あれ? ウミネコは来ないの?」
ぷいっと横を向いてしまった。まだ怒ってるのかな。
城を出て小屋に入る。
テーブルにはまだ少年とも言えないような男の子が座っていた。この子は見た事もない。
丸い眼鏡をして、肘をついた手を顔の前で組み、挙動不審のように目が泳いでいる。
横にいるメイドを見る。
チャイナ風だ。ショートカットで目がくりくりと大きく、丸っこい顔が愛らしい。腰のくびれが凄いせいで胸とお尻が大きく見える。
彼女が出した手にあるのは……、槍だろうか。槍の先端のようだ。少し斧の様な鉤の付いた、突くのも薙ぐのも想定した形状。デフォルメされているせいで斧にも見えるが、あれは西洋で言う所のハルバードの一種だ。
視界の横から短剣が伸びる。風華か。
……って、ええっ!?
「も、もしかして君が次のパートナー!?」
「そうですよ。さっきあたしを選んだじゃないですか」
あれは夜……、ってそういう事か。ウミネコが怒ったのは、単に添い寝を妬いただけじゃなかったんだ。一緒に命を懸けると言ってくれた相手を……。
お互いに、書状を交わす。
これでお終いのはずだ。だが、男の子は挙動不審のまま動こうとしない。
「あ、あなたは二戦目なんですよね?」
「え? あ、ああ」
「エンジンは……、単発? 双発?」
「え? 何?」
「兵装は? サイドワインダー? フェニックス?」
「ま、まあな」
よく分からないが心理戦もありだと言っていたな。ここは余裕を見せないと。
「ふ。そうか、そうなんだ。はははは」
と言って席を立って行ってしまった。なんか恐いぞ。
「彼は今回が初戦です」
風華が教えてくれる。
そうなのか。それであんな緊張を? 分からなくもないが、なんか不自然だな。
「もしかして、あの子。僕と同じ現世から?」
「そうですよ」
そうか、当然かもしれないが、他にも僕と同じ境遇の者がいるのか。しかもあんな子供。
「あの子に勝つって事は、あの子はどうなるの?」
「死んじゃいます」
明るい口調で言う。
……どうしよう。できるのか? 僕に。
城に戻るとまたチェコフが食事の用意をしている。夕食になるのかな? ここは一日のサイクルもおかしい。
「カクテルは風華さんのスペシャルですよ」
「『トロピカル・ピンク』です」
ピーチジュースベースかな? ちょっぴり辛口、風華の性格を表しているかのようだ。
「それじゃあ、ご主人さま。寝ましょうか」
と風華が示す先には知らない扉。
「部屋が……、いつの間に?」
風華の部屋が増えていた。そう言えばこのお城、少し大きくなっているような。
風華は僕の手を引いて部屋へ入る。ウミネコは後ろを向いたままこっちを見ない。
部屋はピンク一色。可愛いふりふり系の子供っぽい部屋だ。この子は見た目通りだな。
短剣を壁にかける。装飾が美しくピンクの宝石が埋め込まれた握りは大きく、実戦と言うより儀礼用だ。
「ご主人さま。夜のスイーツはいかがなされます?」
スイーツ? そう言えばウミネコもそんな事を言ってたな。断ったらすごく悲しんでた。
「頂くよ」
「ありがとうございまーす!」
と言って布のカバーをかけた盆を取り出し、ベッドに腰掛けて膝の上に乗せた。
布製のカバーはメイド服と同じ生地だろうか。てっぺんがリボンで結ばれている。
リボンに手をかけ、引くとしゅるっと解けて布は落ちた。
布生地の下から現れたのは、白い、ふわふわの、綿菓子……かな。
白いがほんのりとピンク色。そっと手を触れると少し暖かい。湿り気を帯びているがそれほどべたつかない。
表面を指でなぞり、口を近づけ、そっと触れてみる。少し唇でなぞった後、舌を出して味見する。
ほんのりと甘い。
優しく手で掴み、盛り上がった部分を頬張る。小さいが、よせて上げればそれなりの大きさになるようだ。
じゅっと口の中で溶け、甘い蜜が口の中に広がる。脳までとろけそうだ。
甘さに陶酔しながらその柔らかさに顔を埋める。
「ご主人さま。ウミネコさんの事をどう思ってるんですか?」
風華が僕の頭を撫でながら聞く。
「どうって……。まあ、いい子だけど」
「あの子がご主人さまの事を好きだと思ってるんですか?」
「え? そりゃ」
そうではないのか? 妬いてはいたけど。それで嫌いになるほどじゃ……。
「ホントの人間じゃないんですよ? あたしと同じ、自分の店を生き残らせたいだけですよ」
店……。そう言えばウミネコはメイド喫茶「うみねこ」そのものだと言っていたな。
ウミネコは、そのために僕を利用して? そうかもしれない。
だから、この子達は僕を取り合っていたのか。選ばれれば、勝っても負けても自分は生き残るから。
でも、ウミネコは僕と一緒に逝くと言ってくれたんだ。あの言葉は……。
と考えているうちに眠りについてしまったようだ。
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