開戦
目を覚ますとウミネコはいない。
のそりとベッドから這い出て部屋を出る。窓もないのでそこから出るしかない。
広間に出るとウミネコとチェコフが待っていた。
ウミネコはキリッと引き締まった顔で僕を見ている。
昨日、泣き顔を見られただろうか。ちょっと小っ恥ずかしい。
「それでは、参りましょうか。旦那さま」
「朝御飯も無しに?」
「はい。戻してしまうといけませんから」
戻す!? どういう事だ?
「一応、確認するんだけど。決闘に負けるとどうなるの?」
「死にます」
即答される。
「ウミネコも?」
「いいえ」
そうか、僕だけか。まあ、決闘するのは僕なんだからな。どういう意味のある決闘なのかは知らないけれど、何も無しにこんなに良くしてくれるわけはない。
逃げられないなら戦うしかないのか。戦って勝つしか……。
そんなわけない、僕に決闘なんて出来るわけないじゃないか。僕の人生は、ここで終わったんだな。
なんて考えつつも実感は無い。ここで死んだら現実世界で目を覚ますのではないかという気持ちが少しある。
「でも……」
と、ウミネコは言い淀んでいた言葉を続ける。
「旦那さまが破れた時には……、わたくしも逝きます」
極めて真剣な顔で僕の目を見る。
ふっと笑いが込み上げて来た。
馬鹿にするなよ、僕だって男だ。こんな可愛い子に、こんな事を言わせておいて尻尾を巻くようには産まれていない。刻まれている遺伝子にウミネコの言葉が突き刺さった。
「じゃあ。行こうか」
と厳かに言い、二階へと足を運ぶウミネコに付いて行く。
「ご武運を」
とチェコフが見送る。
階段を一歩一歩踏みしめて登る。
三歩目で先ほど遺伝子に突き刺さった言葉は、僕を突き抜けてどこかへ行ってしまったようだ。
「あ、あの。……僕は本当に馬には乗れないんだけど」
「ご安心ください。手綱はわたくしが握ります。旦那さまは、ただ意識を保って攻撃に集中してくださればいいんです」
扉もなく、そのまま二階に出たようだが、真っ暗で何も見えない。
……ここに馬が? でも、二階に!?
バッと明かりが付き、眩しくて目を閉じる。
ゆっくりと目を開けた僕の目に映ったのは……。
「これが決闘の際に搭乗する『騎馬』です」
「え? でも、これって……」
光沢する金属質、二階を占有するほどの大きさと重厚感、角のように伸びた翼、海辺の大空を舞う鳥のように真っ白な……、
「せ、戦闘機?」
「垂直
戦闘機。それが車輪ではなく台座に据えられるように乗っている。大きさを考慮しないならプラモデルのようだ。
少し、男の子としての本能で胸が躍る。
「カ、カッコイイ」
デルタ翼というやつだろうか。大きな三角形のようなフォルムで、ゲイラカイトという凧のようだ。
翼の下にはミサイルが取り付けられている。本格的だ。
「こ、これに乗るの? 僕一人で?」
「いいえ、わたくしも一緒です」
と言ってコクピットの下にある梯子を登る。キャノピー、つまり運転席の窓ガラスの後ろ辺りに斧の形をした窪みがあり、そこに持っていた斧をはめ込んだ。
ぶしゅ~と空気圧の様な音と共にキャノピーが開く。
あれはキーだったのかな?
戦闘機、騎馬は命を吹き込まれたように光を発し、機体の下から風を吹き始めた。
「旦那さま。早く乗ってください」
梯子を登り、後部座席に乗ったウミネコが伸ばしている手を取った。
これは、映画で見た複座というやつか。パイロットが前に乗って戦闘機を操り、パートナーが後ろの席でサポートする。
でも手綱はウミネコが取ると言っていた。この戦闘機は後ろの席で操縦をするのだろう。
足を上げて中に入り、前の席に座る。
思ったより狭い。もっとゆったりした座り心地を想像していたが、よく考えれば命を懸ける者にゆったり感は必要ない。
キャノピーが閉まり、きぃぃぃーんと甲高い音の域が高くなると機体がぐらりと揺れた。
と同時に天井が重い音を立てて割れる。
戦闘機しか目に入ってなくて気が付かなかったがドーム状になっていたようだ。
割れた天井から空が見えた。
心臓が高鳴り、躍動する。
「旦那さま。左手で操縦桿のグリップを握ってください。倒すと機体はその方向に回転します。横に、つまり自動車のようにカーブをなさりたい時は、操縦桿を水平にスライドさせてください。操縦はわたくしが行いますが、旦那さまの操作の方が優先されます。不用意に動かさないようにお気を付けください」
それは危険な……、でも自分の席でも操縦が出来ると知ると何だか嬉しくなる。
「そして右手でスライドレバーを握ってください。それは前後にスライドします。前に倒すと減速、後ろに倒すと加速します」
後ろで前に進むのは、何か解りにくいな。右手でレバー、左手でグリップに触れ……、
「でも、これって……」
「お食事の時に旦那さまが左利きなのは分かっていましたから」
そうか。それにわざわざ合わせてくれたのか。
天井が完全に開き、機体が上昇を始める。本当にヘリコプターの様に真上に飛んでいる。
「グリップの親指にあるボタンがサイドワインダー、つまりミサイルです。四発しかないのでタイミングをみて撃ってください。人差し指にあるのが機関銃です。アゴの下、つまりコクピットの下辺りに一門ついています。向きは変わらないので正面に敵がきた時に撃ってください」
へえー、へえーと興味津々にボタンや計器を確認し、ふと前を見ると向かい合うように戦闘機が対峙していた。
「いい~?」
慌ててグリップを握る。
「落ち着いてください。まだ始まっていません。フラッグが振られた後、互いに交差してからが開戦です」
も、もう始まるのか。
「練習とかないの?」
「申し訳ありません。練習も、事前の説明も、公平を期するために出来ないんです。でも、それは相手も同じ。初戦同士なので、旦那さまはラッキーですわ」
そ、そうなのか? だが相手のあの自信。ゲームなんかが得意なんだろうか。
相手機体のコクピットに佐原の顔が見える。自信満々に不敵な笑みを浮かべている。
しかし相手のピンクの機体はこっちより小さい。形状は普通に空軍なんかが持つ戦闘機を、コクピットと翼をそのままにそれ以外を小さくしたようだ。
「同じ戦闘機じゃないんだな」
「はい。メイドによって機体が異なります。わたくしのは機動性重視の万能型。あちらは速度重視の軽量型。小さいからと侮らないでください。ドッグファイトにおいて速さと的の小ささは強力な武器です」
ふぁん! と間の抜けた音がする。レースなんかの前に鳴るシグナル音だ。
ふぁん! 二回目。確か四回目が開始だ。心の準備もまだなのに。
三回目。グリップを持つ手が汗ばむ。
ポーン! という音と共に、どこから出て来たのか巨大な旗が目の前に覆いかぶさって通り抜ける。
機体はゆっくりと前に進み、敵機と交差するようにすれ違って旋回した。
始まってしまった。
しかしまるで遊園地のアトラクションに乗っているような期待感はあっても、決闘という意識は湧いて来ない。機体は自動的に動いているのだ。
子供のように身を乗り出して景色を見る。
あれ? 城の外は確か草原だったのに、今は岩場。
ふわっとジェットコースターのように体が浮く。
「うはっ」
と遊園地にいる時と同じ反応をしてしまう。
「くっ、やっぱり相手が速い……。旦那さま、しっかり掴まっててくださいまし」
え? と言う間もなく、視界が回転した。
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