第41話「ミステリアス・エンカウント」
どたばたな一日が終わった。
けど、まだお泊り会の余韻が
少し寂しいのは、分かち合える仲間が今この瞬間にはいないことだ。シイナは今、リャンホアと一緒だ。
もうすぐ、秋も深まり文化祭の季節がやってくるのだ。
「千咲と朔也にも、たまには二人の時間をね」
などと言い訳を呟きつつ、ちょっと一人になりたかった。
珍しく一人なのもあって、校門を出る前に下級生たちに囲まれてしまった。
「あっ、あの!
「わたしたち、あの、みんな、その……ファ、ファンでございまする!」
「ちょ、ちょっと、テンパって日本語変になってるよ? それより、このあとお暇ですか?」
この感覚、久しぶりだ。
懐かしくもあるし、以前はこれが当たり前だったなと思い出す。
そういう時、今の優輝は自然と目を細めて遠くを見てしまうのだった。
それでも、居並ぶ少女たち一人一人の顔を見て微笑を向ける。
「ありがとう、みんな。でもゴメンね、今日は家で大事な用があるから」
今も母親の
だから、家に帰れば今日も一人。
でも、今は少しだけそういう時間を持ちたかった。
一人で勉強して、テレビ見て、ご飯食べて、お風呂に入って。
そうして当たり前のことをこなす中で気持ちを落ち着かせたい。
もっとちゃんと、お兄ちゃんとしてのシイナを受け止められる自分になりたかった。
「っと、噂をすれば……ちょっと失礼」
ざわめく後輩たちの前で、突然鳴り出した携帯電話を取り出す。
メールの主はシイナの父親、ヨハンだった。将来、優輝の義理の父親にてくれる人。とても気さくで優しくて、そしてシイナを一番に大切にしてくれる人だった。
すぐにはメールを開封せず、優輝は下級生のオチビちゃんたちを見回した。
長身の優輝から見たら、ほとんどの女の子はオチビちゃんだ。
「ゴメン、でも今日は誘ってくれてありがとう。
「え、えっと……駅前に新しい喫茶店ができてて、そこのケーキが
「優輝様とみんなでお茶して、いろんなお話したくて」
久々の優輝様、いただきました!
昔は複雑な気分だったけど、今はなんだかこそばゆくて、むしろ嬉しい。
人を想って恋い焦がれる気持ちを知って、経験したから。例えそれが
以前よりずっと、もっと、ぐっと優しくなれる気がした。
「じゃあ、また今度、そうだね……私が時間を作るよ。みんなで行こうか」
「えっ、えええええ!? いっ、いいんですか!?」
「勿論。この埋め合わせといったらなんだけど、私もみんなと色々話したいな。えっと、こういうのって……そう、女子会。女子会っていうんだよね」
「は、はいっ! よろしくおねがいしまぴゅ!」
三つ編みの子が言葉を噛んでしまって、それで下級生たちに笑いが連鎖した。
別にもう、みんなの憧れの王子様でも嫌じゃない。
優輝もいずれ、自分を一人の女性として見てくれる人が現れるかもしれない。それまでは、周りの人間との
そうして取り巻きのような後輩一同に挨拶して、その場を辞する。
校門へと歩けば、男女の別なく誰もが振り返って声をかけてくれた。
その言葉にも、ちゃんと自分なりの言葉を返す。
前は少し渋々だった王子様の振る舞いじゃなく、自分自身の気持ちで接してみた。
校門を出てそぞろに歩く中で、改めて優輝は携帯電話を取り出す。
「ヨハンおじさん、なんだろ……また、のろけだったりして」
だが、内容は優輝の母である輝を心配する内容だった。
ドイツで生活していると、日本のワーカーホリックな生活は少し信じがたいかもしれない。けど、輝は日本の治安のために毎日必死で働いている。優輝の母親と、正義の警察官、その二刀流を完璧にこなしていた。
そんな母親だから、ヨハンとは女の幸せを掴んで欲しい。
優輝の実の父親だって、天国でそう思っている筈だ。
「えっと……母なら、大丈夫、ですよ、っと」
立ち止まってメールを打つ。
とにかく最近、物騒な事件があって忙しいのだと。あと、この程度の忙しさは慣れっこなので大丈夫だとも書いた。最後には『余裕があったら母を甘やかしてあげてください』とまで
うん、完璧だ。
おせっかいは時には、ちょっとウザいくらいがいいのだ。
そう思ってメールを送信し、前を向く。
歩き出そうとしたその時……優輝の視線は奇妙な人物の影を拾った。
「あれ……なにしてんだろ」
そろそろ冷える時分だからだろうか……その女性はトレンチコートを着ている。
そう、女の人だ。
スラリと
目立つ、酷く目立つ姿だった。
それも、悪目立ちである。
なにやら電柱の影に隠れながら、なにかを盗み見ているようである。
優輝は自然と、母の言葉を思い出した。
「そういえば、ここ半年ほどずっと……この近辺で連続通り魔事件が起こってるって」
今も輝が追いかけてる事件だ。
作品的には、結構序盤で張ったまま数年放置されていた伏線である。
などとメタなことを頭から追い出しつつ、優輝は迷いに迷って……ちょっと声をかけてみた。
「あのー、なにかお困りですか?」
優輝の声に、ビクリと身を震わせた女性が振り返る。
優輝が見守る中、躊躇と逡巡を見せた後……女性は観念したようにサングラスを外した。
そこには、どこかで見たような
「ありがとう、
「あ……私、女ですけど」
「……あらやだ、ホント?」
「本当です。お見せできないのが残念なくらいに」
これしきの誤解で傷付く自分とは、しばらく前にサヨナラした。
今の優輝は、こういう風でしかない自分が好きだった。
そして、改めて女性をまじまじと見やる。彼女はじっと優輝を見詰めた後に、パッと表情を明るくした。
「そうそう、僕ちゃん、じゃなくてお嬢ちゃん。ちょっといいかしら?」
「あ、はい。私にできることなら」
「ちょっと、この先を覗いてみてくれるかしら? そーっとよ、そーっと」
「はあ……」
突然、訳のわからないことを言われた。
それでしかたなく、電柱の向こう側、曲がり角の先をそっと覗き込んだ。
そこには、見慣れた男女が仲良く歩いてる姿があった。
そう、シイナとリャンホアだ。
どっちかというと女子同士に見えるが、学校ではシイナは男子の制服を着てるので……どうにか若い男女に見えなくもない。
優輝が思わず「あ……」と固まってると、ガシリ! と肩を掴まれた。
顔を並べるようにして、背後から謎の女性も身を乗り出してくる。
「ねえ、お嬢ちゃん……どうかしら?」
「どうかしら、と言われても。えっと、仲がいいなとしか。あと、爆発しろ? は、違うかな。
「そうね、
「えっ? あの子、って」
クスリと笑って、女性は一歩引いた。
そして、手にしたサングラスの
蠱惑的な程に美女めいてて、ともすれば悪女で読譜な魅力が発散されていた。
「まだ名乗ってなかったわね? 私の名は、
「まりさ……ひつがや!? 日番谷って確か」
「そうよ、さっきの男の子……の、出来損ない。あれの母親よ」
サクッと酷いことを言ってくれるが、本人は悪いと思っていないらしい。
あの優しいヨハンと、どうして破局にいたったかを優輝はなんとなく察した。確か、シイナが以前説明してくれた話では、遺伝子工学の研究に心血を注いでいる科学者らしい。
鞠沙はムフフと笑うと、意外なことを言い放つ。
「相手は大陸の娘みたいだけど、ふふ……まあ、先は見えてるわ。今すぐ別れたって困らないでしょ」
「ちょ……な、なにを言い出すんですか!」
「あら、どうして
「……あれって呼ぶの、やめてください。シイナは物じゃないし、あなたとは親子でしかない。今のシイナには、今の大事な毎日があるんだっ!」
自分でも思ったより大きな声が出た。
しかし、鞠沙はそれではなじろぐような女性ではないようだ。逆にフフンと鼻を鳴らして、彼女は面白そうに優輝に顔を寄せて覗き込んでくる。
「面白い娘ね、貴女。名前は?」
「優輝……御神苗優輝です」
「そう、優輝……いい名前ね。文字通り勇気のあること。でもね……一度は見限ったとはいえ、シイナは私の息子だわ。その機能がなくても、新しい価値を見い出せるのだし」
優輝は怖くなった。
眼の前の女性が、お腹を痛めてシイナを産んだなんて信じられない。
戦慄の中で心は、シイナに逃げてと叫んでいた。
声なき声を念じて送りつつ、蛇に睨まれた蛙のように優輝はその場に立ち尽くすのだった。
美少女彼氏とイケメン彼女 ながやん @nagamono
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