第41話「ミステリアス・エンカウント」

 どたばたな一日が終わった。

 けど、まだお泊り会の余韻が優輝ユウキの胸に熱い。

 少し寂しいのは、分かち合える仲間が今この瞬間にはいないことだ。シイナは今、リャンホアと一緒だ。千咲チサキ朔也サクヤと実行委員会の打ち合わせである。

 もうすぐ、秋も深まり文化祭の季節がやってくるのだ。


「千咲と朔也にも、たまには二人の時間をね」


 などと言い訳を呟きつつ、ちょっと一人になりたかった。

 嗚呼ああ、それなのに、それなのに……ジャージ姿の優輝はこの学園では嫌というほど目立った。もとから女子生徒たちの王子様として見られてる優輝だ。それがパンツスタイルになると、言い訳できないほどに美男子イケメンとしか見てもらえない。

 珍しく一人なのもあって、校門を出る前に下級生たちに囲まれてしまった。


「あっ、あの! 御神苗オミナエ先輩っ! きょ、きょきょきょっ、今日はお一人なんですね」

「わたしたち、あの、みんな、その……ファ、ファンでございまする!」

「ちょ、ちょっと、テンパって日本語変になってるよ? それより、このあとお暇ですか?」


 この感覚、久しぶりだ。

 懐かしくもあるし、以前はこれが当たり前だったなと思い出す。

 そういう時、今の優輝は自然と目を細めて遠くを見てしまうのだった。

 それでも、居並ぶ少女たち一人一人の顔を見て微笑を向ける。


「ありがとう、みんな。でもゴメンね、今日は家で大事な用があるから」


 勿論もちろん、嘘だ。

 今も母親のアキラは、謎の連続通り魔事件を追って激務の最中だ。最近だとアパートの部屋にも帰ってこないし、一日に一度メールが来るだけだ。

 だから、家に帰れば今日も一人。

 でも、今は少しだけそういう時間を持ちたかった。

 一人で勉強して、テレビ見て、ご飯食べて、お風呂に入って。

 そうして当たり前のことをこなす中で気持ちを落ち着かせたい。

 もっとちゃんと、お兄ちゃんとしてのシイナを受け止められる自分になりたかった。


「っと、噂をすれば……ちょっと失礼」


 ざわめく後輩たちの前で、突然鳴り出した携帯電話を取り出す。

 メールの主はシイナの父親、ヨハンだった。将来、優輝の義理の父親にてくれる人。とても気さくで優しくて、そしてシイナを一番に大切にしてくれる人だった。

 すぐにはメールを開封せず、優輝は下級生のオチビちゃんたちを見回した。

 長身の優輝から見たら、ほとんどの女の子はオチビちゃんだ。


「ゴメン、でも今日は誘ってくれてありがとう。ちなみに、どういうプランだったのかな」

「え、えっと……駅前に新しい喫茶店ができてて、そこのケーキが美味おいしくて」

「優輝様とみんなでお茶して、いろんなお話したくて」


 久々の、いただきました!

 昔は複雑な気分だったけど、今はなんだかこそばゆくて、むしろ嬉しい。

 人を想って恋い焦がれる気持ちを知って、経験したから。例えそれがすでに過去の思い出でも、こうして今の優輝を支えてくれてる。

 以前よりずっと、もっと、ぐっと優しくなれる気がした。


「じゃあ、また今度、そうだね……私が時間を作るよ。みんなで行こうか」

「えっ、えええええ!? いっ、いいんですか!?」

「勿論。この埋め合わせといったらなんだけど、私もみんなと色々話したいな。えっと、こういうのって……そう、女子会。女子会っていうんだよね」

「は、はいっ! よろしくおねがいしまぴゅ!」


 三つ編みの子が言葉を噛んでしまって、それで下級生たちに笑いが連鎖した。

 別にもう、みんなの憧れの王子様でも嫌じゃない。

 優輝もいずれ、自分を一人の女性として見てくれる人が現れるかもしれない。それまでは、周りの人間とのえにしを大切にしようと思った。

 そうして取り巻きのような後輩一同に挨拶して、その場を辞する。

 校門へと歩けば、男女の別なく誰もが振り返って声をかけてくれた。

 その言葉にも、ちゃんと自分なりの言葉を返す。

 前は少し渋々だった王子様の振る舞いじゃなく、自分自身の気持ちで接してみた。

 校門を出てそぞろに歩く中で、改めて優輝は携帯電話を取り出す。


「ヨハンおじさん、なんだろ……また、のろけだったりして」


 だが、内容は優輝の母である輝を心配する内容だった。

 ドイツで生活していると、日本のワーカーホリックな生活は少し信じがたいかもしれない。けど、輝は日本の治安のために毎日必死で働いている。優輝の母親と、正義の警察官、その二刀流を完璧にこなしていた。

 そんな母親だから、ヨハンとは女の幸せを掴んで欲しい。

 優輝の実の父親だって、天国でそう思っている筈だ。


「えっと……母なら、大丈夫、ですよ、っと」


 立ち止まってメールを打つ。

 とにかく最近、物騒な事件があって忙しいのだと。あと、この程度の忙しさは慣れっこなので大丈夫だとも書いた。最後には『余裕があったら母を甘やかしてあげてください』とまでえる。

 うん、完璧だ。

 おせっかいは時には、ちょっとウザいくらいがいいのだ。

 そう思ってメールを送信し、前を向く。

 歩き出そうとしたその時……優輝の視線は奇妙な人物の影を拾った。


「あれ……なにしてんだろ」


 そろそろ冷える時分だからだろうか……その女性はトレンチコートを着ている。

 そう、女の人だ。

 スラリとせてて、脚には派手なピンヒールを履いている。ちらりと見ればサングラスに毛皮っぽい帽子を被っているが、まるで映画に出てくるロシアの諜報員スパイみたいだ。

 目立つ、酷く目立つ姿だった。

 それも、悪目立ちである。

 なにやら電柱の影に隠れながら、なにかを盗み見ているようである。

 優輝は自然と、母の言葉を思い出した。


「そういえば、ここ半年ほどずっと……この近辺で連続通り魔事件が起こってるって」


 今も輝が追いかけてる事件だ。

 作品的には、結構序盤で張ったまま数年放置されていた伏線である。

 などとメタなことを頭から追い出しつつ、優輝は迷いに迷って……ちょっと声をかけてみた。


「あのー、なにかお困りですか?」


 優輝の声に、ビクリと身を震わせた女性が振り返る。

 かかとの高い靴も手伝って、背格好は優輝と同じくらいだ。だが、妙に立ち姿が堂にってて、まるでモデルのようである。

 優輝が見守る中、躊躇と逡巡を見せた後……女性は観念したようにサングラスを外した。

 そこには、どこかで見たような面影おもかげの美人が微笑ほほえんでいた。


「ありがとう、ぼくちゃん。いい子ね……レディを気にかけてくれるなんて、日本もまだまだ捨てたもんじゃないわね」

「あ……私、女ですけど」

「……あらやだ、ホント?」

「本当です。お見せできないのが残念なくらいに」


 これしきの誤解で傷付く自分とは、しばらく前にサヨナラした。

 今の優輝は、こういう風でしかない自分が好きだった。

 そして、改めて女性をまじまじと見やる。彼女はじっと優輝を見詰めた後に、パッと表情を明るくした。


「そうそう、僕ちゃん、じゃなくてお嬢ちゃん。ちょっといいかしら?」

「あ、はい。私にできることなら」

「ちょっと、この先を覗いてみてくれるかしら? そーっとよ、そーっと」

「はあ……」


 突然、訳のわからないことを言われた。

 それでしかたなく、電柱の向こう側、曲がり角の先をそっと覗き込んだ。

 そこには、見慣れた男女が仲良く歩いてる姿があった。

 そう、シイナとリャンホアだ。

 どっちかというと女子同士に見えるが、学校ではシイナは男子の制服を着てるので……どうにか若い男女に見えなくもない。

 優輝が思わず「あ……」と固まってると、ガシリ! と肩を掴まれた。

 顔を並べるようにして、背後から謎の女性も身を乗り出してくる。


「ねえ、お嬢ちゃん……どうかしら?」

「どうかしら、と言われても。えっと、仲がいいなとしか。あと、爆発しろ? は、違うかな。友達サクヤとチサキがよく使う言い回しだけど」

「そうね、ぜ散るべきよね。……あの子、立派に男の子やってるじゃないの、もう」

「えっ? あの子、って」


 クスリと笑って、女性は一歩引いた。

 そして、手にしたサングラスのつるくちびるをなぞる。

 蠱惑的な程に美女めいてて、ともすれば悪女で読譜な魅力が発散されていた。


「まだ名乗ってなかったわね? 私の名は、日番谷鞠沙ヒツガヤマリサ

「まりさ……ひつがや!? 日番谷って確か」

「そうよ、さっきの男の子……の、出来損ない。


 サクッと酷いことを言ってくれるが、本人は悪いと思っていないらしい。

 あの優しいヨハンと、どうして破局にいたったかを優輝はなんとなく察した。確か、シイナが以前説明してくれた話では、遺伝子工学の研究に心血を注いでいる科学者らしい。

 鞠沙はムフフと笑うと、意外なことを言い放つ。


「相手は大陸の娘みたいだけど、ふふ……まあ、先は見えてるわ。今すぐ別れたって困らないでしょ」

「ちょ……な、なにを言い出すんですか!」

「あら、どうして貴女あなたが怒るのかしら? 私、母親としてあれを取り戻そうと思って」

「……あれって呼ぶの、やめてください。シイナは物じゃないし、あなたとは親子でしかない。今のシイナには、今の大事な毎日があるんだっ!」


 自分でも思ったより大きな声が出た。

 しかし、鞠沙はそれではなじろぐような女性ではないようだ。逆にフフンと鼻を鳴らして、彼女は面白そうに優輝に顔を寄せて覗き込んでくる。


「面白い娘ね、貴女。名前は?」

「優輝……御神苗優輝です」

「そう、優輝……いい名前ね。文字通り勇気のあること。でもね……一度は見限ったとはいえ、シイナは私の息子だわ。その機能がなくても、新しい価値を見い出せるのだし」


 優輝は怖くなった。

 眼の前の女性が、お腹を痛めてシイナを産んだなんて信じられない。

 戦慄の中で心は、シイナに逃げてと叫んでいた。

 声なき声を念じて送りつつ、蛇に睨まれた蛙のように優輝はその場に立ち尽くすのだった。

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美少女彼氏とイケメン彼女 ながやん @nagamono

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