エピローグ(2)


 若い衛士は気が利いていて、三人の足袋や草履まで揃えて持って来てくれていたので、烏帽子や髪飾りこそないものの、しばらくの後、三人は神職の装束をまとって神妙な面持ちで参集殿の椅子に並んで腰かけていた。


 濡れた衣服から解放され、万三郎は着替えを手伝ってくれた若い衛士に礼を言った。ユキも、年配の女性職員に手伝ってもらい、別室で着替えた後、濡れてばらけていた髪をきれいに梳かれ、巫女のように束ねられて、うっすら紅まで差してもらったので、やつれた印象が幾分ましになっていた。それでもまだ、杏児ほど元気にはなれず、口数が極端に少ない。


「杏ちゃん、ちづるちゃんは?」


 杏児がユキの方に顔を向けて答える。


「夜中にことだま東京に帰った。アポフィスがそれたら、リアル・ワールドで必ず会おうって」


「そう」


 杏児の声が若干弾んでいるのを感じ、ユキは微笑んだ。


 その時、向こうから神谷と、他に四人の職員が万三郎たちに近寄ってきた。さっきから会っていたのに今になって初めて気付いた。彼らはこのような未曽有の状況にあっても、衛士の制服あるいは神職の装束をきちんと身にまとっている。神谷老衛士を先頭に、五人が、万三郎たちが座っている長椅子の前に進んできた。万三郎たちは何事かと目を見張る。すると五人は万三郎たちに正対して気を付けをして、


「救国官の皆さん、ありがとうございます!」


と言って深々と敬礼したのだ。


「い、いや、ちょっと、待ってください……」


 身体は丸太のようだったが、それでも万三郎もユキも杏児も、その場で慌てて起立した。五人はまだ頭を下げている。三人は本当に困惑した。


「こちらこそ、祈りの場所を貸していただいて……。でも、まだ、本当に危険が去ったかどうか……」


 万三郎の言葉に答えて、頭を下げた衛士たちの向こうから声が聞こえた。


「危険は去った。地球は救われたよ」


 三人ともその声にハッとする。


「石川さん!」


 石川は一人でコツコツと歩み寄ってきた。


「アポフィスは、地球をかすめて通り過ぎて行ったよ。台風の被害は大きいが、今は日本海に抜けた。電波障害は……」


 石川はスーツの内ポケットからスマホを取り出してリダイヤルボタンを押した。すると、ユキのスマホから山寺和尚さんの着信音が鳴り始めた。


「まだ政府専用回線だけかもしれんが、回復したようだ」


「石川さん、夜中に私にかけましたか」


「お、あのとき着信していたのか? なぜ出ない」


 石川の問いにユキは皮肉っぽく笑う。


「気を失っていくところでした」


「そうか。真夜中頃、一時的に電波表示が立っているのを発見してかけてみたのだ。それ以降はまたずっと通じなかった。だが専門家の話だと、電磁波も少しずつ正常値に落ち着いてくるだろうということだ」


 ユキが前のめりになって訊く。


「ワーズたちは、ワーズたちはどうなりましたか」


 石川は、衛士たちの後ろからユキを目で制した。ことだまワールドの情報について、昨日大泉総理が公表した以上のことは秘密だということらしい。


「ち、ちづるッ!」


 杏児が叫んだ。


「颯介さ……杏児さん」


 後ろから石川の横をすり抜けて杏児に駆け寄ったのは、まさしく杏児の恋人、小村ちづるだ。杏児はちづるの両手を握った。


「やっぱり、リアルさが全然違う!」


 そう言いながら両手をさすり続ける杏児を、同僚や衛士たちが見ているのに気恥ずかしさを覚え、ちづるはそっと手を引く。杏児はちづるの無事を喜びながら訊いた。


「どうしてここに?」


 ちづるはちょっと後ろを振り返った。


「石川さんに東京から連れて来ていただいたんです」


「どうやって」


 神谷の目配せで衛士たちがその場から立ち退いて、そこへ石川が一歩近づきながら言った。羽田に向かう飛行機の中で杏児の襟首をつかんだ石川とは違って、目に、ほんの微かに笑みを浮かべている。


「国家権力を甘く見るな。これくらいの風なら、ここまで充分ヘリを飛ばせる」


 隣りで聞いていた万三郎が小さくつぶやく。


「なんてこったい、国家権力……」


 石川はチラリと万三郎を見てから杏児に視線を戻した。


「古都田社長がお前と藤堂の活躍を褒めていたから、その褒美に会わせてやることにした」


「藤堂……?」


 ちづるが杏児に答える。


「私のことです」

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