第二十一章 祈り(11)

十一


 一台目カタパルト、万三郎。


 二台目カタパルト、ユキ。


 三台目カタパルト、杏児。


【hope】たちの誘導、案内役、ちづる。


 ようやく妨げなしに【hope】の打ち上げが再開された。


「次!」


 打ち上げ後の機械のメンテナンスを目視で行いながら万三郎が叫ぶと、次の【hope】がちづるに指示されて登場する。


「よろしくお願いします!」


 万三郎は【hope】と握手をする。握った手がもはや痛むようになってしまっている。【hope】と目を合わせる。心の中で、ありがとうと声をかける。目に見えない何かが、握った手を通じて、また目線を通じて、ワーズに流れ込んでいく。例外なく【hope】は、こちらを見て微笑んだ。


「救国官、光栄です」


 頷いて握手を解く。背中をポンと押してやる。


「はい、そこへ乗って!」


 体重を乗せ、スプリングの効いたハンドルを力任せに手前に引く。これが一番つらい。移動式カタパルトなのだ。ガソリンや電気で動くものではなかった。二メートルほどハンドルを引く動作は、一回だけなら、おそらく腕立て伏せを一回やるよりも楽かもしれない。だが、数えてはいないが、もう五百は超えているに違いない。「うううーおっ!」時には声が漏れる。引っ張るだけ引っ張ると、ついにバチンとラッチがかかる。打ち上げの力が溜めこまれた状態だ。


「準備完了!」


【hope】も、傾斜のあるレールにまっすぐ沿わせた身体を硬くさせ、発射の衝撃に備える。ポンと叩かれた背中が白く光っている。ああ、【hope】が光を放つのは、感動のエネルギーを使っているんだなと、万三郎はふと思う。【hope】オリジナルがさっき言っていたように、彼らにしてみれば、俺はある意味、雲の上の人、カリスマなのかもしれない。東京のKCJ本社の奥深くにいる、Executiveエグゼキュティヴ Traineeトレイニー。ETなんて話に聞く以外、地方の一ワーズにとってみれば、出会えるなんて思ってもみなかった存在。それが今眼の前で自分だけに声をかけて、握手し、背中を押してくれるのだ。それは、受け手である彼ら自身が、【hope】という、何でも素直にプラスにとって感動できる本質を持つからかもしれない。


「行くよ」


「はいッ!」


「発射ッ!」


 手元のパネルのボタンを押す。


 カシャッ!


【hope】は一瞬にして上空へ射出されていく。ことだまワールドでは、ワーズの体重自体はこんなに軽いのだ。それは少々頼りなくすら思える。


 ――これでアポフィスの軌道は、変わるのか……?


【hope】たちは上空で、【-less】や、【no】や、【despair】など、たくさんのネガティヴ・ワーズとやはり遭遇した。しかし先ほどとは違ってエネルギーを分けてくれる者がいないので、彼らは独力で自力飛翔を行っており、その飛翔力は、カタパルトで発射される【hope】たちよりはるかに劣っていた。【hope】たちは、たやすく彼らネガティヴたちの追撃をかわし、背中を明るく光らせながら、次々に宇宙へと飛んで行った。


【hope】という名のワーズたちは、その名に違わず、どんな時でも明るく楽観的でいてくれた。磁気嵐の中、エネルギーを失いながら旅してきても、ネガティヴィティー波で吹き飛ばされても、生産性をあげられないまま刻一刻と時間が経過しても、ネガティヴ・ワーズたちと衝突して消滅するリスクがあっても。彼らは自分たちがアポフィスまで飛んで行って、いくばくかの残存エネルギーを預けて来ることで、人類が、ひいてはコトバが、ことだまワールドが、必ず救われるのだということを一点の疑いも持たず信じているのだ。

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