第二十章 伊勢(8)


 万三郎は苦笑いした。


「まったくその通りだね、【hope】。それが俺たちの存在意義だ」


 万三郎は思う。そもそも古都田社長は、英語の能力以前に、万三郎たちが若いことをもって、ETとして採用したのだ。今、その理由が分かるような気がしていた。


 社長が重視した、若さ。それは、一途な思いの強さなのかもしれない。英語で言うなら、たとえ下手くそでも、間違いだらけでも、相手にこちらの意思を何とかして伝えようとする、その熱意の強さといえる。


 それに、若さは、失敗を恐れないことなのかもしれない。若いから経験がない。だから失敗する。現に、自分と杏児は、無茶苦茶なシートレの編成をして、空中分解させてしまった。だが若さは、その失敗から立ち直り、貪欲に学び、失敗によって自分を向上させるパワーを持っている。だから必要以上に失敗を恐れることなく、自分らしさを発揮できる。実際俺たちは、英語能力を向上させ、国連演説を成功させたではないか。


 ニューヨークで必要とされたのは、熱意に加え、ワンチャンスで聴き手の心を打つ、英語の構成力であり、失敗は許されなかった。それをやってのけたのは、ことだま時間で一年に及ぶ英語学習の賜物であったに違いない。


 それに対して今、グレート・ボンズを形成するのに必要なのは、英語の構成力ではない。構成も何も、ワーズたちはほぼ全員、【hope】なのだ。シートレを編成することではなく、【hope】たちをいかに高エネルギー状態で次々と送り出すことができるか、つまり、若さのエネルギーをどれだけ発揮できるかが問われる。だが、ETになりたてのあの日と違うのは、ニューヨークと同様、失敗は許されないということだ。


 基本的には、ワーズを送り出す時に、ETが自らのエネルギーを少しずつ分け与える、という行為であり、それはワーズの背中をポンと叩いてやるだけでも注入することができるようだと、国連演説の時に経験済みの杏児が言っていた。であれば、そうすること自体は簡単だ。


 だが今の万三郎は、自分のエネルギーに自信がなかった。そしてそれを口に出すこともできなかった。


 国民からのことだまエネルギーを無為にしたくはない。だが、問題は、その数があまりにも膨大だということだ。祈りがピークを迎える、また、衝突を避け得る最後のチャンスである夜十二時頃には、自分も含め、救国官は三人とも力尽きているのではなかろうか。


「ローンチング・ステーションはここにはないわよね。ということは、やっぱり私たちの力で送り出して、最終的には自力飛翔……」


 ユキも万三郎と同じく、無数のワーズを送り出すのに必要なエネルギーの大きさに思い至っているのか、不安げに語尾を飲み込む。


 みどり組の連呼がようやく収まったのと入れ違いに、一番手前の高床倉庫の前辺りにいる【hope】たちが、騒ぎはじめた。倉庫の扉が半開きになっていると、ジェスチャーで主張している。


「何だろう」


 万三郎の好奇心に応えるように、隣にいた【hope】がマイクを通して、高床倉庫の近辺の【hope】たちに、扉を開けてくれるよう伝えた。二、三の此彼の意思の疎通を経て、数十人の【hope】たちが倉庫の中からひっぱり出したのは、三メートルほどの大きさがある、同型の三つの機械だった。耳を澄ますと、倉庫近くの【hope】の一人が大声で叫んでいる。


「紙片がついてます。『類いまれなる能力の持ち主、中浜万三郎様へ』とあります」


 それを聞いた万三郎の隣にいる【hope】オリジナルが即座に指示した。


「三台とも、ここへ運んでくれ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る