第十九章 前夜(12)

十二


 テレビをご覧の国民の皆様、ラジオをお聴きの国民の皆様、インターネット生中継をご覧の国民の皆様、日本国内閣総理大臣の大泉万三郎です。日本政府を代表して、国民の皆様にこれから、非常に大切なご報告と、お願いを申し上げます。


 私はこれから、悪いご報告を三つと、良いご報告を一つ、お願いを一つ、順番に申し上げます。


 悪いご報告の一つ目です。


 明日、地球に、小惑星が衝突します。


 小惑星の直径は約四百二十メートル、質量は約八千万トン。毎秒十五キロメートルの速さで地球に向かっています。地球と衝突する確率は、計算上は九十九・九九パーセント。衝突場所は、太平洋の小笠原近海の見込みです。衝突予想時刻は、日本時間で明日四月五日木曜日、午前五時十四分、今から十七時間と十分後です。


 天体が地球に衝突した際の予測被害状況を表す国際尺度によりますと、被害の深刻度は、最悪を十とする十段階のうちの九にあたり、この衝突は、空前の地域的荒廃をもたらす破壊力があります。残念ながらその地域には、日本列島がすっぽり含まれます。衝突場所が確定したのは、五日前のことでした。


 国民の皆様もご存知の通り、アポフィスと呼ばれるこの小惑星は、以前から地球に衝突する可能性があったため、世界が共同で小惑星まで無人の宇宙船を打ち上げ、ごく近いところから小惑星にミサイルを撃ち込むことによって、その衝撃で人工的に小惑星の軌道を安全なものに変える作業を進めていました。しかしながら、昨年五月二十五日に観測された、恒星ベテルギウスの超新星爆発に伴う強力な電磁波の影響で、宇宙船のコンピューターが誤作動を起こして、ミサイルは小惑星の予期せぬ場所に命中してしまいました。その後の軌道計算によって、皮肉なことに、小惑星が明日、地球に衝突することが分かりました。


 この事実はいたずらに世界をパニックに陥れる恐れがあることから、わが国を含む各国政府は今日まで厳しく箝口令を敷いた上で、衝突を回避するあらゆる手段を模索し続けてきました。


 有力な手段として、米国とロシアが保有する大陸間弾道ミサイルの一部を宇宙用に緊急改造して、今年二月に一斉に発射し、小惑星の破砕を試みました。残念ながら五日前、三月三十一日になって、その試みが全て失敗に終わったことが判明いたしました。


 悪いご報告の二つ目です。


 ベテルギウスの超新星爆発の影響で、地球の磁場が一時的に非常に乱れております。そのため、これを原因とする異常気象が世界各地で多発しています。現在、日本列島に上陸しようとしている、超大型で猛烈な台風一号も、その影響で発生したと考えられております。


 こうした、地球規模の、水温、気温の変動、海流、大気の流れの乱れにより、小惑星衝突の影響は増幅される見込みです。専門家の見通しによりますと、津波など、衝突の直接的被害に加え、粉じんが地球全体を覆い、気温が下がる影響で、生物相が極端に変わり、食糧が尽きて、五年以内に人類が絶滅する可能性が大きいということです。


 悪いご報告の三つ目です。


 二日前、太陽の表面が大爆発を起こしました。正確な予測ができませんが、もう間もなくその爆風が地球を襲うだろうということです。この太陽嵐の影響は、明日の午前中まで続くと予想されています。地球の地磁気は現在大変乱れていますので、この爆風の影響は甚大で、世界的に停電が起こり、電子機器は誤作動を起こし、テレビもラジオもインターネットもつながらなくなると予想されています。もしこの間に小惑星が衝突すれば、電気も電波も、復旧は不可能です。


 わが国は、巨大台風が国土を襲う中、何一つ情報の来ない、真っ暗闇の夜明け前に、小惑星の衝突を迎える可能性が非常に高くなっています。


 国民の皆様、このままでは、この小惑星の衝突によって、わが国と太平洋沿岸諸国は真っ先に、絶筆に尽くしがたい被害をこうむることになります。今となっては、この悲劇的な衝突を避ける術は、ただ一つの方法を除いては、何もありません。

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