第十八章 告白(9)
九
「危ない! ユキ降りろ!」
「ちっ、近寄らないで! 近寄ったら川へ飛び降りる」
佐東書記官から手渡された国連ビル群の案内パンフレットに載っていた施設全景の写真を万三郎は思い出していた。万三郎とユキが立っているこの真下に、半トンネル状にえぐれて川岸に沿う形で、ハイウェイが走っていたはずだ。ユキが立っているコンクリート・フェンスの向こう側は、水面まで少なくとも七、八メートルもの落差があるに違いない。飛び降りたら、まず助からない。
「ユキ、今の君、どうかしてる。おかしいよ」
さらに歩を進めた万三郎に、ユキはほとんど半狂乱で叫んだ。
「近寄らないでって言ってるでしょ!」
万三郎は足を止めたものの、ユキの足がブルブル震えていて、いつバランスを崩して踏み外すかと思うと気が気ではない。
「分かった。だけど何で、そこまで頑なに日本に帰ろうとしないんだ」
ユキは眉を吊り上げて大声で言い返す。
「わ、わかんない人ね! あなたのためにならないから、言うのやめたのッ。分かったらもう私に構わず行きなさいよ!」
川べりでは風を遮るものがなく、強くなった雨粒が二人に容赦なく打ち付けた。ユキは左手で髪を掻き上げると、もう一度大声で万三郎に叫んだ。
「行きなさいってば!」
♪山寺の、和尚さんは、毬が蹴りたし毬はなし ♪山寺の、和尚さんは、毬が蹴りたし毬はなし ♪山寺の……”
鳴動したユキのスマホは、打ち棄てられたハンドバッグの中ではなく、彼女の上着の内ポケットにあった。思いがけないタイミングで鳴ったことで、気が高ぶり過ぎていたユキを少しだけ冷静にする効果があったようだ。ユキの表情は明らかに呼び出しに応えるか迷っていた。
「ユキ、石川さんだよ。出ろよ」
着メロは途切れる様子がないので、万三郎を警戒したまま、ついにユキはスマホを取り出して応答した。
「福沢です……はい」
万三郎がその隙にユキに近づこうとしたら、ユキはスマホを握ったまま、幅十五センチもないフェンスを一歩、横へ逃げようとした。その危険な行為を見て万三郎は両手を前に差し出し、「分かった、もう近寄らない」というジェスチャーをした。
「……いいえ、私は帰りません。三浦救国官に私の本来の任務を察知されました。知られた以上、任務続行は不可能です。石川さん、中浜救国官が国連ミッションを成功させた今、私はもう用なしです。ただ今をもって解任してください。秘密を守れなかった責任は取ります。飛行機の私の席は、日本に帰りたがっている別の人に割り当ててください。さようなら」
ユキは一方的に電話を切り、さらに電源を切った。
「ユキっ! 責任を取るって、なんだ」
「しつこい! 帰って、杏ちゃんから聞きなさい」
ユキはそう言って、ちらりと後ろを振り返った。
――まずい!
万三郎はすわとコンクリート・フェンスに駆け寄った。やはり、ユキは飛び降りた。間に合わなかった。
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