第十八章 告白(7)
七
「一ヶ月前、万三郎と杏児がリンガ・ラボに運ばれてきて、ことだまワールドで始めた英語研修プログラム、私にとっては、一年前以来、二回目の受講だったの」
「えっ?」
「あなたたちより一年先に、私はリンガ・ラボに運ばれてきたの」
「なんてこったい、ホーリー・マッカラル……」
「私は一回目の英語学習プログラムを、五十五歳の男性と四十五歳の女性との三人で受講した。受講し始めたあの時点では、まだアポフィスの地球衝突の話はおろか、ベテルギウスの超新星爆発も起こっていなかった。だから私たちは、後で聞かされたのだけれど、リアル・ワールドの三倍速で学習していたらしいの。純粋にワーズたちの統率能力の養成に重点が置かれてた。だけど……」
万三郎のまったく知らなかった事実が明らかにされる。ユキの告白は、万三郎にとって衝撃的だ。ユキの存在が急に遠くに感じられるのだった。おそらくユキも、万三郎のそうしたショックを感じ取っている。だが彼女はあえて告白を続ける。
「……だけど、アポフィス衝突の話が現実味を帯びてくると、政府内でいろいろな対策が秘密裏に検討され始めたらしいの。リンガ・ラボで実験されていた、私たちのプログラムについても、衝突回避に貢献できる可能性が少しでもあるなら試みよ、との内閣総理大臣命令を受けて、石川審議官の指示のもと、古都田社長が途中から学習プログラムのスピードを上げたらしいの。二十倍速に。そしたら間もなく、年上の男性も女性も研修に顏を出さなくなった」
ユキは言葉を切って、目を閉じる。その中年の同僚男女のことを瞼の裏に思い描いているのだろう。やがてユキはぽつりぽつりと再開した。
「私には……彼らの行方を知らされることはなかった……。これも後で聞かされたことだけど、彼らの脳は、高速学習プログラムについていけなくて、異常をきたしたらしい。その後、あの人たちがどうなったのか、知らされてない。そして会社は急に、ことだまワールドに残留していた私の学習速度を十倍速に落とした。そして、二人に比べて大きな異常が見つからなかった私一人で、その後のプログラムを受講したの。修了したのが去年の九月のことよ。そして私は覚醒した。この間と同じ、救国官を一人で拝命して、ここ、ニューヨークへやってきた。そして失敗した……。私の脳はね、二人の仲間ほどはっきりとした影響は見られなかったけれど、でもやっぱり、二十倍速学習に耐えられなかったの。私の副作用のひとつは、異常な、過度のあがり症だったってわけ。緊張すると足がガクガク震えて、気が遠くなって、最後には気を失ってしまうの」
雨粒混じりの風が二人にびゅうと吹きつけた。二人は風下に顔をそむける。かなり経って、万三郎が重い口を開いた。
「ユキがその高速学習の副作用で、九月の国連総会の演説に失敗したことは分かった。だいたい、ことだまワールド側でサポートする人間なしで、今日と同じ結果を期待するなんて、無謀極まりない。だけど、それならなぜユキは、二回目の研修プログラムに参加させられたんだ? 演説へ向けての再チャレンジだったのか? いや、副作用そのものが消えなければ、どれだけ英語能力が向上したところで、演説前に倒れるという、同じリスクが付きまとう。俺が石川さんだったら、地球滅亡を目前にして、そんなリスクは冒さない。じゃあ、なぜなんだ。なぜユキはことだまワールドに再レシプロして、俺たちと一緒にいたの?」
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