第十六章 使命(18)
十八
総会議場の扉が開く。グプタ典儀長は扉の両側に立っている警備員二人の間を抜けてから、万三郎を振り向いて言った。
「ミスター、行くぞ」
万三郎は、典儀長に伴われて総会議場に入った。何時間か前に、客席用入口から入った時の議場の印象とは全く違う。あの時、ほとんど誰もいなかった議場の、席という席は、今、見渡す限り人で埋まっている。これだけの人が集まれば、あちらやこちらのひそひそ話のノイズが蓄積され、ざわめきが基底音となりそうなのに、咳払いひとつすらはばかられるほどの議場の静謐はある意味不気味だ。議場の吹き抜けの巨大ドームに、空気の振動はほとんどない。ただ、千五百人の、三千の瞳が、万三郎の一挙手一頭足を追っている。空虚に見える空間は、実は好奇心と、疑心暗鬼と、わずかばかりの期待感に満ちていた。
目の前に、机のない素朴な椅子が置いてあり、グプタが「座れ」と小さく言う。万三郎は着席し、全身を聴衆の好奇のもとに晒した。
左後方から、ビヌワ議長がアフリカ訛りの英語で万三郎のことを紹介しているのが聞こえた。
“Finally, the Assembly will hear from Mr. Manzaburo Nakahama, Assistant Vice-Minister of the National Information Security Center of Japan, cabinet councilor of the Prime Minister's Office, and Special Envoy of the government of Japan to the United Nations.”
「最後に、日本政府の内閣情報局補佐官ならびに国連特使である、中浜万三郎氏による講演を拝聴します」
遠くに、日本の席も見える。座っている一人が石川審議官なのか、よく分からなかった。ふと思う。ここはどこだっけ。俺はここで何をしようとしているんだっけ――。超新星爆発のことも、小惑星アポフィスのことも、嵐のことも、KCJのことも、杏児やユキのことも、何か遠くの、自分に関係ないことのようにすら思えた。
――ティートータラーのハンバーグが食べたい!
それだけが記号のように万三郎の頭をよぎった。
“I now give the floor to Mr. Nakahama. Mr. Nakahama, the floor is yours.”
「それでは中浜さん、演壇へお進みください」
儀長に促され、万三郎は深呼吸を一回して、立ち上がる。これも議長に先導された静かな拍手が、張りつめた空気を掻き混ぜ始めた。
――「タッチ・ハート作戦」、ミッション、スタート!
万三郎は演壇に立った。
全てが、動き始めた。
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