第十六章 使命(14)
十四
杏児が【bad!】にほとんど懇願する。
「【bad!】、作戦の邪魔をしないでくれ!」
その訴えを【bad!】は鼻先で笑い飛ばした。
「いや、ET三浦、邪魔する。なぜなら、それが雉島さんの今回の指令だからだ」
「そうまでして、どうして人類を滅ぼさせたいんだ?」
【bad!】は涼しい顔で即座に答える。
「雉島さんがトップに立つ世界を築きたいからだ。そしてそれは、俺がナンバー・ツーの世界だ」
「狂ってる……」
杏児の呟きに対して、【bad!】は今度は心外そうな表情で言い返す。
「おい、言葉に気をつけろ。アポフィス衝突が契機となって新時代が到来するんだ。そこに自分の居場所がないからといって、その時代が狂っているわけじゃあない。むしろ、あんたらの方が時代の要請から狂い始めているとも言えるだろうが」
時間が迫っていることもあって、杏児はたまらず【bad!】に歩み寄ろうとした。
「おい、【bad!】!」
ところが後ろに回っていた【evil】が杏児を後ろから羽交い絞めにしようとする。
「この野郎!」
杏児は【evil】を背負い投げにした。
「うぉっ!」
【evil】はロープを手にしたまま無様に地面に転がった。以前、ホテル・セントラルKCJでの騒動で後ろから自由を奪われた反省から、杏児が密かに考えていた反撃が見事に功を奏した形だ。だがその後は想定外だった。
「おい、ひっ捕らえろ!」
【vicious】や【brutal】が杏児に襲いかかった。同時に、ユキにも【relentless】と【ferocious】が飛びかかる。たちまち二人は完全に自由を奪われた。
腕を後ろに捻り上げられながら、ユキは【wish】に語りかける。
「【wish】、本来あなたの役割は、仮定法(過去において実現しなかった、あるいは現在において実現しない願望を述べる構文)だけではないはずよ。けれどあなたは、ほとんどいつも仮定法を組まれて出動させられるから、不満でいつしか心がすさんでしまった。『僕の出番は残念がる時、後悔する時ばかりだ』と」
聞きたくないといった風で【wish】が遮ろうとする。
「ユキさん、止めろ!」
「いいえ、止めないわ。私はあなたを責めているんじゃない。謝っているの。あなたがこれまで辛い思いをしてきたのは、あなたの役割の幅広さを理解していなかった編成部の――クラフトマンたちの、そしてその監督者であるET、私たちの責任だと思っているから」
「もう……いいよ」
「【wish】、日本の学校教育ではあなたを仮定法以外で使わせることが少ない。だからみんな、慣れていないの。私はETとして勉強してきて、あなたの可能性を理解したわ」
「もう遅いんだって。僕の心の傷は治らない」
「ごめんね【wish】、これまであなたを分かってあげられなくて……」
【wish】の眉は上がり、目は潤んでいた。その横で【bad!】がいらつく。
「おい【wish】、福沢がごちゃごちゃ言ってんの聞いてんじゃねえぞ」
【bad!】はこれ以上【wish】と話をさせまいと、子分格の男たちに命じる。
「お前ら、早くこの二人をあの部屋へ連れて行け。閉じ込める前にちゃんとロープで手足を縛っておけよ」
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