第十四章 覚醒(7)


 そんな万三郎の視線など気にも留めず、恵美はさらさらと説明を続ける。


「レシプロのために設定するパラメーター、つまり、脳の電極マップの特定の三か所で二十五プラスマイナス四ヘルツのβ波が出ていて、同時に他の箇所でα波が出ていれば、ことだまワールドへ入境できることが分かっていますが、皆さんにはそんな数値は必要ないですね。一か月の間どっぷりとその脳波の組み合わせで過ごしていましたから、ご自分の『感覚』で分かるはずです。どうすればいいか、そのコツはすぐに習得できるでしょう。そうなればもはやカプセルの助けを借りる必要はありません。現に石川審議官も、古都田社長も、新渡戸部長も、私でさえも、機械の力なしに自由にレシプロしています。これをセルフ・レシプロ、または自力レシプロと言います。例えるなら、3Dイラストで、絵が飛び出す目の焦点の合わせ方を身につけるようなもので、きっとすぐに慣れます」


 そう言い終わると恵美はニッコリしてカプセルの表面を撫でた。


 恵美の話が終わるや否や、囲炉裏端で石川が立ち上がりながら言った。


「よし、後は新渡戸くんに任せる。古都田くん、官邸に報告に行くぞ」


 古都田も立ち上がり、石川についていそいそと三和土の上がり框に向かいながら三人に向けて言った。


「君たちは、今から一時間以内に機械なしで自由にレシプロできるように、新渡戸くんの指導を仰いで練習したまえ。セルフ・レシプロのための特殊な瞑想法を習得するのだ。新渡戸くん、あとを頼む」


 続いて石川が靴紐を結びながら慌ただしく三人に言う。


「一時間後、空港に向かう車をよこす。出張の荷物は着替えも含め、すべてこちらで用意する。搭乗口で落ち合おう。その後の具体的な段取りは機中で伝える」


 石川はそう言い終えるとブリーフケースを手に立ち上がった。いつの間に移動したのか、恵美が先に草履を履いて玄関の引き戸の辺りに立っている。その、いかにもガタガタしそうな木製の引き戸がチンといって自動的に開いたので、上がり框まで見送りに立っていた万三郎は大いに驚いた。引き戸がエレベーターの扉と一体になっていたのだ。


 いち早く恵美がエレベーターに乗り込み、「開」ボタンを押している。石川と古都田は靴音高くエレベーターに乗り込んだ。


 古都田はこちらを向くと、驚いてぽかんと口を開けている万三郎に、


「これも先代の趣向でな」


……と、口の端をわずかにゆがめた。


「一時間後に会おう」


 無機的な面構えの石川が、同行の古都田と、おそらく下まで見送る恵美とともに、音もなく閉まるエレベーターのドアの向こうに消えてから、万三郎はあらためて部屋の中を見渡した。部屋は広い。囲炉裏が切ってあるのは、畳敷きと板張りが半々を占める大きな正方形の部屋の、板張り側の片隅で、畳張り側には、さっきまで自分たちが眠っていた三台のカプセルが並べられている。


 その時、万三郎はハッとして目を見張った。


 さっきは角度が悪くて気付かなかったが、三台のカプセル越しに、畳敷きの向こうのふすまが少し開いていて、その向こうにさらに大きな部屋があり、数台の、フードがかかったままのカプセルが並んでいるのが隙間から見えたのだ。フードカバーは不透明で中は見えないが、カプセルのジャックにはケーブルがたくさんつながっていた。


――あの、むこうのカプセルにも検体が横たわっているのだろうか。もし、そうだとしたら、俺はその人たちに、ことだまワールドで出会っただろうか。祖父谷は……スピアリアーズの三人は、あのカプセルの中なのか……。


 万三郎がそんなことを考えている時、後ろから新渡戸部長が三人を促した。


「さあ、君たちはこっちだ」

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