第十二章 騒乱(1)
一
業務が休みのある日、万三郎は、古都田社長の勧めで、ユキや杏児と一緒に、初めてホテル・セントラルKCJに足を運んだ。大きなシティーホテルだ。ロビーにはたくさんのワーズたちが、あるいはチェックインカウンターに列をなし、あるいはソファーの前に立って談笑し、あるいはコンシェルジュに何か相談をしている。
三人はメインエントランスの傍らの液晶パネルに表示されている本日の会合一覧表を見やった。たくさんの会合の予定が記されている。
each家・other家 結婚御披露宴
三階 宗吾の間
WH-疑問文研究会月例ミーティング
七階 名瀬の間
発音しない文字を読まれる悩み大相談会
六階 アイスルの間
アクロニム団体名称略語読解評議会
四階 KCJホール
地球サロン・人類希望の集い
一階 アトリウム
「ああ、あれだ」
万三郎が指さしたのは、古都田から、主催者に頼んでおいたから顔を出してみろと言われた交流会だ。
医学用語交流会
二階 胸焼けの間
「二階ね……」
ユキの言葉を受けて杏児が指を差して提案する。
「あのエスカレーターで行こう」
平面的にもかなり広がりのある建物だが、広々としたメインロビーは、十階の天井まで吹き抜けた贅沢なつくりだ。早春にさしかかり、ディスプレイは春を意識している。薄いピンクの桜の花びらを連ねたセンスの良い何十本もの飾り紐が、天井から緩いカーブを描いて、シャンデリアのように吹き抜けを彩っている。
一階ロビーから二階までが特別高さがあった。吹き抜けの空間を斜めに縫うように伸びる長いエスカレーターに万三郎が乗る。その後ろにユキ、さらに杏児が続いた。
見下ろすと、ガラスを多用して光を多く取り入れたロビーの向こうには、百席ほどの椅子を縦横四角にステージに向かって並べた一角もあり、何かの催しが始まりそうだ。
万三郎が物珍しそうにその様子を見下ろしていると、後ろからユキが言う。
「さっきあった『地球なんとか。希望の集い』じゃない?」
万三郎はちょっと振り向いてユキに訊き返した。
「ユキ、興味ある?」
「医学用語よりは……ね」
「古都田社長の顔を立てたら早めにおいとまして、あれに行く?」
「そうねえ……」
古都田社長は三人に言ったのだった。
「KCJ内では、ETはどこでも受け入れられる。ホテル内の会合やイベントも基本的に飛び入りで参加可能だ。そして多くの場合、歓迎される。特に、普段出番の少ないワーズたちは、何とか諸君に名前を覚えてもらいたくて、握手なり名刺交換なりを求めて寄ってくるだろう。スティーブ・ジョブズ(1)が飛び入りで来場するようなものだ。諸君はある意味、スターなのだ」
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