第十章 鴨焼(4)
四
急いでベッドから起き出すと、散乱した小物を手早くかき集めてバッグに戻す。
今日は終業後、各々いったん自分の部屋に戻り、「いろは」に再集合して、先生方とみどり組の懇親会をすることになっていた。夜が遅くなりそうなので、スマホで手早く日次報告を済ませようと考えたところまでは良かった。送信ボタンを押したところで、疲れからつい眠気を催し、ベッドにごろんと横になったのだった。
――十五分だけ……。
十五分後にアラームをセットすると同時に眠りに堕ちた。起きて画面を見たら、すでに何回目かのスヌーズだったようだ。
――着替える時間はない……。
ドレッサーの前に座って髪をときながら考える。どうして、はかなく散った……いや、無残に砕け散った、思い出したくもない中一の初恋の夢を見たのだろう。
――あのせいだわ、きっと……。
ベッドの上のスマホを恨めしそうに睨む。
せわしいはずなのに、髪をとく手を止めて、鏡に映っている自分の顔に見入った。大人になって、赤ホッペはずいぶんましになった。だが、地の皮膚の色がもともと白いので、チークを入れなくても頬には赤みが浮かぶ。その赤みのある両頬の上に、憂いをたたえた双眸。眉尻の上がった、腹立たしげで哀しげな、女の顔がそこにあった。
鏡の自分に問いかける。
――私はどうするべきか……?
一度手にとった髪ゴムを置いた。そして長い髪をくくらないまま、ヘアスプレーで柔らかくセットした。メイクについては時間がないので直すのが精いっぱい。でも、口紅はいつもより強めのトーンを引いた。普段はつけない香水もつけた。
鏡の前で爽やかににっこり笑ってみる。次に、少し媚をたたえてあでやかに笑ってみた。
「万三郎……私、酔っちゃったかも」
言い終えて二秒の沈黙の後、吐き捨てるように脇を向く。
「バッカみたい」
私は手早くバッグとスマホを持つと、そそくさと部屋を後にした。
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