第九章 危機(5)



 内村は再度、一時沈黙する。ようやくぽつりとつぶやいた。


「……石川が、そう言いましたか」


 大泉はかすかに頷く。内村はその大泉に訴えるように答える。


「彼らは……まだ養成中なのです。そもそも、若くてエネルギーが強いだけでは使いものになりません。そして訓練により、使いものになったとしても、彼ら全員が命を投げ出したところで小惑星を動かすなど、とてもとても……。むしろ、無理な訓練により、人格的に問題が出る恐れがあるのです」


 大泉は再び頷いて言葉を継いだ。


「石川くんも、目下それを検証中だと言っていました。内村さん、私は石川くんに質問しました。そもそもエネルギーの源泉は、あなたや彼ら若者の生命というより、言葉そのものなのではないのかと」


 内村は視線を上げて大泉に強く同意した。


「総理、その通りです。言葉自体にエネルギーがあるのです。人間は、自分自身が若さに応じたエネルギーを持つと同時に、言葉のエネルギーの生産者、そして利用者でもあるということです」


「では、日本語の言葉にも、エネルギーがあるということですね」


「そう考えるのが自然ですね」


「内村さん、なぜ日本語エネルギーの研究をなさらない?」


 思いがけない質問に、内村は口を閉じて顔をしかめた。


 国家存亡、いや地球滅亡の危機だということは分かった。このような重大局面で首相官邸に呼び出される以上、内村自身のことや、内村が極秘裏に進めてきたことだまプロジェクトのことは、石川のレクチャーを受けるより先に、人を使って徹底的に調べ上げているに違いないのだ。内村がどういう経緯で、日本語ではなく、英語ことだまの研究に取り組むことになったのか、国家行政の長たるこの人には、今や手のひらを指す如く明白であると、国家機関で長年働いてきた元官僚の内村にはよく分かっていた。


――なのに、訊く。


 この総理の問いに何らかの意図があるのだと、内村は読んだ。おそらくは、この問いの返答によって望む方向へ話を誘導したいのだ。


――その方向とは……?。


 内村は、目に力を込めて大泉をじっと見返し、慎重に答えた。


「……いずれお話しする機会があれば」


 今度は大泉の目がキラリと光った。

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