第八章 善悪(11)


十一


 年の頃は五十代半ばくらいか。ネクタイをしていない白いワイシャツにチャコールグレーのスラックス姿の痩せ型。車いすに座っているのを別にすれば、街ですれ違っても気にもとめないくらい、普通すぎるいでたちだった。


「ようこそ、若いETの皆さん。よくここが分かったな。古都田のやつ、よく調べている。偵察にしては派手な登場だったが、まあいい。最初は手入れかと思って驚かされたが、お互い血を見なくてよかった」


 少しやつれたような顔立ちではあるが、端正で理知的な印象のその男は、涼やかな眼差しで三人に言った。


 相手が、およそ荒くれ者たちの統領らしいいでたちではなかったことに少し安心して、万三郎が口を開いた。


「お店を、壊してしまって申し訳ありません」


 男が笑って尋ねる。


「古都田から何か言い含められて来たのか」


 ユキが万三郎の代わりに問い返す。


「古都田って、社長のことですか」


「そうだ」


「何かとは?」


 男は少し声を低くして答える。


「計画のこととか……」


「計画? 英語の学習計画のことなら、もうオリエンテーションは受けましたが……」


 すると【bad!】が再び凄みを利かせた声で割って入った。


「おい女、ふざけているとためにならんぞ」


「わ、私たち、ふざけてなんか……」


 車椅子の男が怪訝な顔で問い返す。


「ひょっとして……、本当に何も知らないのか」


 ユキは当惑して万三郎と顔を見合わせた。


「ですから、なな何をです?」


「ふうん……」


 男は電動車椅子のリモコンを操作し、机を回りこんで三人に近づいた。場に緊張が走る。


「き、雉島さん、大丈夫ですか」


【bad!】が一瞬引き留めようとするのを、男は手で制した。三人のすぐ後ろで、サングラスのネクタイ男【ruthless】が低い声でつぶやく。


「お前ら、怪しい動きを見せりゃ、この場で始末するぞ」


 その声に続いて、スキンヘッドの【nefarious】が指の骨を鳴らす音が聞こえた。


 車椅子の男は、三人が棒立ちしているところまで寄ってきて、一番右の万三郎をまっすぐ見上げた。


「名前は?」


「僕ですか、僕は中……」


「ひひ人に名前を訊くんなら、じ、自分から名乗るのが、す、筋じゃあないんですか」


 万三郎が答えようとするところに割って入ったのは、その隣に立っていたユキだった。

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