第七章 ワーズ(二)(14)


十四


「まさか今日、社内で君に会えるとは思ってもみなかった」


【be子】も【do麻呂】の真意を読みかねて当惑しながら答える。


「あたしも。【do麻呂】、あなた、酔ってるの?」


「君がみどり組の連中を晩メシに連れて行くと昼間言っていたから、僕はチーム・スピアリアーズの連中に誘われるがまま、さっきまで別の店で飲んでた。君らはきっとここだと思っていた」


 【be子】の表情が曇った。


「あたしに張り合ってのことなの?」


 【do麻呂】はかぶりを振る。


「僕は気が動転していた。君と向き合う覚悟ができていなかったから」


 【be子】は悲しい顔をして【do麻呂】に言う。


「じゃあ、なぜここへ?」


「スピアリアーズの連中から、なぜ僕が君と仲良くないのか訊かれた。説明しているうちに、君にどうしても会いたくなった。彼らと別れてから、僕は一人でここへ来た」


「それで【not】をかぶり直して来たの?」


 ユキが杏児に耳打ちした。


「ほうぶん先生が言ってた。【not】は、黄色い何かなんですって。ワードの気分次第で、身に着けるアイテムは黄色でさえあれば何でもいいんだって」


 説明は聞こえていたが、【do麻呂】は二人の方を見もせずに言葉を続ける。


「君に会える確率を少しでも高くするなら、【do】より【don’t】の方がいいと思って」


 【be子】はうつむいた。


「そう……。正式に別れを言いにでも来たの?」


 【do麻呂】はそれには答えず、うつむいている【be子】をまっすぐ見て、その両肩を持って自分の方を向かせた。【be子】はびっくりして顔を上げる。【do麻呂】は一度唾を呑んで、はっきりとした口調でゆっくりと言った。


「【be子】、僕は君のことが好きだ」

 周りのETたちは、思わず声を上げそうになるほど驚いた。だが、一番驚いたのは【be子】本人だ。


「よ、酔った勢いで、調子良いこと言って。だったら、どうして今まで何年も、つれなくしてたのよ」


「ごめん……」


 【be子】の目がみるみるうちにうるみ始める。


「もうあたし……あきらめかけてた」


「僕はあのとき、たしかに君に嫉妬していた。大きな役割を担う君が眩しかった。だが、君につれなくしたのは、それだけの理由じゃない。とても大切なことを君は知らなかった。僕がそれを教えるべきか、それをずっと悩んでいた」


 昼間とはうって変わって真剣なまなざしの【do麻呂】の横顔を間近に見ていて、ユキは、【do麻呂】の美男子ぶりにうっとりしていた。


 その【do麻呂】を、【be子】が正面から上目使いに見上げる。


「何?」


「【be子】、実は君は……」


「おう、兄貴。あっちに珍しい男と女がいるぜ」


 【do麻呂】を遮るように大声を出したのは、荒くれ者のテーブルの、目つきの悪い【sinister】だった。


 カウンターの五人は思わずそちらのテーブルの方を見た。【be子】はテーブル席からこちらを向いているサングラスの男と目が合ったような気がした。


「最悪……」


 【be子】は思わず目を閉じて舌打ちした。

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