第四章 研修(10)
十
新渡戸はさらに続ける。
「とはいえ、あのカメラは君らを監視することだけが目的ではない。ほうぶん先生はじめ、講師陣の講義の映像と音声は余すところなく収録され、KCJ秘書室が保管することになっている。今後もし、何らかの事情で遅刻したり欠勤したりするようなことがあれば、
新渡戸はそこでいったん言葉を切った。そして、聴き手に一語一語理解を求めるかのように、ゆっくりした口調で説明を始める。
「君たちが、ETという、わがKCJの将来を担う重要な存在である以上、また、君たちにとって英語学習自体が勤務である以上、君たちの学習内容とその理解の進捗は、厳密に管理され、役員に報告される」
「役員って?」
万三郎が小さな声で隣の杏児に訊く。
杏児の代わりに、教壇のほうぶん先生が答えた。
「代表取締役である古都田社長はもちろん、超巨大企業であるKCJには数多くいる
杏児が再び素っ頓狂な声を上げた。
「ええっ? 僕らの成績は、社長以外の取締役にまで知らされるんですか!」
ほうぶん先生はニコリと笑って頷いた。
「エグゼキュティヴと呼ばれる彼らは、各々方ET、すなわちエグゼキュティヴ・トレイニーにとっては先輩方にあたる。彼らにとってみても、自分たちの後輩取締役になるかも知れない三人の成長は、重大な関心事なのでござろう」
新渡戸は顔色ひとつ変えずに付け足した。
「もちろん、君たち自身にも、定期的に報告書を書いてもらうことになる」
万三郎は思わず上ずった声で言ってしまった。
「そ、それは、相当な作業量とプレッシャーになりますね」
万三郎は、昨日、古都田社長から社章を受け取るかどうか躊躇していた際、社長から、「中浜くん、君は若い。考えるよりやってみることだ」と言われたのを思い出していた。
――社長、ずるい、聞いてないよぉ……。
やってみる前に考えるべきだった。
だが、あらかじめすべての情報を知らされていなかったので、考えても判断のしようがない。万三郎は英語が苦手で、その出発点が低いだけに、英語能力を高めるという社命を全うするとなると、相当ハードな勉強量になるし、そのストレスは並々ならぬものがあるだろう。それでも社長が、あの眼ヂカラで、「扉があるなら、とにかく開けてみればいい」などと言って、それで万三郎は扉を開けることを決意したのだ。
決意した以上、もうやるしかない。それはいい。だが、万三郎にしてみれば、自分の「ミドリムシ並みの」英語能力が、自分のまったく知らない人たちにまで逐一把握されるということは、かなりの苦痛だった。それでつい、弱音か愚痴に聞こえるセリフを口にしてしまったのだ。
新渡戸が何か言おうと口を開きかけたところに、後ろから女の鋭い声が飛んだ。
「その程度のことをプレッシャーに感じるレベルの男なのね、あなたは。ハッ! なんでこんな男たちがETなのかしら」
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