第三章 由紀(9)
九
「僕が疑問に思うことは大きく分けて三つある。第一に、なんでワーズたちは顔に英単語をペインティングしているのか」
三浦杏児が発した問いに、私に背中を向けている中浜万三郎がおどけたように答えた。
「そりゃ、解りやすいからじゃないの」
「いや、確かに分かりやすかったけど、そんなの、名札でいいじゃない」
「俺、見たけど、あれはペイントじゃない感じだ。むしろタトゥーじゃないかな。もっとしっかり顔に刻まれている感じだったよ」
私が少し顔を上げて横を見ると、マスターと、横に控えたマサヨが一瞬顔を見合わせていた。
三浦が続ける。
「第二に、同じ人が何人もいるのはなぜか」
「同じ人?」
「【sorry】みたいな、さ。彼らは、同じ人物の分身か何かなのか、別人なのか」
「ああ、確かに。世の中、そんなに双子や三つ子がたくさんいるわけじゃないだろうしね」
私がそのままETのテーブルをそっと見ると、三浦はビールを一口飲んでから、コトリとテーブルに置き、中浜の目をまっすぐ見すえた。
「そして第三に、あの人たちは、本当に実在しているのか」
「え?」
マサヨが下げてきた彼らのビールジョッキを静かに洗っていたマスターが顔を上げたが、三浦はマスターにも私にも気付かず、話を続ける。
「だって万三郎、おかしいと思わないか? 彼ら――顔に英単語が彫ってあるワーズたち――は、何の仕事してるんだ?」
「何のって、シークウェンス・トレインだっけ、あれに乗って飛び立って行ったけど」
「どこに?」
「どこって、クライアントのとこでしょ? 加速してレールから飛び立って、空を飛んで、駅のドームみたいな天井の隙間から外へ出て行った」
「物理的な意味でだよ。僕たちのホームからだけじゃない。いっぱいあったホームから次々飛んで行ってたよね」
「あ、ああ、言われてみれば」
「あの隙間から、本当は、どこへ行ってるんだろう」
一瞬の静寂があった。三浦に難しい質問を振られて、中浜はひるんだようだ。
「そ、それは……モニターに映ってた、あの現場に……」
「あのトレインが現場に着くところ、モニターに映ってた?」
「いや、それは映ってなかったと思う」
「ほら、何か現実的じゃないと思わないか、万三郎」
「というと?」
「僕たちはさっき、大混乱の末、トレインの大事故を起こしてしまった」
「うん」
「普通、あんな大事故起こしたら、現行犯逮捕とは言わなくても、関係者はまず間違いなく事情聴取でしょ? それなのに僕たちは別に逃げたわけでもないのに、上司からも警察からも事情を聞かれず、『あとは任せろ、気にするな』なんて言われて、こんなところで平和に晩ごはん食べてる。とても現実的とは思えない」
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