第三章 由紀(5)
五
私が役立たずだってこと、自分がいちばん分かってる。
でも……努力しても、できないことはできない。
そう、天地がひっくり返っても、私にはできない。
でも……だから、これは、その報いなの?
人を裏切り、人から忌み嫌われろ、と?
嫌だと言っても逃れられないの?
ああ、どうして私、頭がおかしくならないんだろう。
いっそのこと、消えてしまえばいいのに……。
「いらっしゃいませ」
ドアベルの音とマスターの声で我に返った。私はカウンターに突っ伏してうつらうつらしていたらしい。
悪い夢だった。
夢の中でも、思考は同じところをぐるぐる回っていた。目が覚めた今は、世界がぐるぐる回っている。私はまた気持ちが悪くなって目を閉じた。
ドアが閉まる音がして、私の後ろを誰かが通り過ぎて行く。
「あのー、食事、摂りたいんですけど」
若い男性客の声がした。
「ええ、お食事していただけますよ。テーブル席へどうぞ」
マスターがカウンターの中から対応している。私のバーチェアよりも少し奥にあるテーブル席の、木製の椅子が引かれる音が立て続けにした。どうも二人連れのようだ。
「上着、お預かりしましょう」
若い女性の声がした。
――若い女性……。若い女性? 女性!
バッと上体を起こして、右後ろを向き、たぶん、腫れぼったい目で、テーブル席の方を振り向いた。
邪魔な髪を右手で掻き上げてもう一度よく見ると、こちらを向いて座ろうとしていた男性客と目が合った。私が急に振り向いたので、とても驚いた顔をしている。
そして、同じく振り向いたのは、男性のスーツの上着の一着を腕に掛け、もう一人の上着を預かろうとしていた、マサヨだった。
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