第二章 杏児(5)
五
僕たち二人は、片方が「百十七」、もう片方が「百十八」と看板が掲げられた、幅の広い島型プラットホームに連れて来られた。その一番手前、つまり、くしの歯でいう根元のところにいる。大きな液晶モニター画面がそれぞれ備え付けられていて、異なった映像が映し出されていた。見ると、大型モニターはホームの中ほどと先端近くにも設置されているようだ。
他のプラットホームと違い、このホームは人でごった返してはいなかった。ホームの中ほどで、駅員のような制服を着ている二人の男たちが、それぞれタブレット端末にじっと見入っているのが見える。
暗い顔で案内してきた信太がホームをそれぞれ指さしながら言った。
「中浜さん、あんたは百十七番線、三浦さんは、百十八番線だ」
続いて信太は、声を上げて二人の駅員を呼び寄せる。
「島田、
「はい、楠さん」
寄ってきた駅員に、信太は、僕たちを引き合わせた。
「百十七番線専属クラフトマンの島田くん、百十八番線専属クラフトマンの斗南くんだ」
僕たちは彼らとあいさつを交わす。
「島田です」
「どうも、斗南です」
その時両氏は、僕たちの胸につけられた金鴨の社章に目を留め、大いに驚いた。
「い、ETですか!」
楠さんと呼ばれた信太は頷き、神妙な面持ちで、クラフトマンと呼ばれた男たちに宣言した。
「お前ら、次のセッションを、この二人のETに全部任せろ」
二人のクラフトマンはしばらく絶句して目を見開いていた。ようやく島田が当惑したように口を開く。
「し、しかし楠さん、俺んところ、デカい
斗南氏も眉を顰めて楠信太に訴える。
「楠さん、俺の方も正念場ですが」
しかし楠は目の前で手を振って、そんなことは分かっているという風だ。
「セクション・マネージャーとして命じる。黙っていろ。手を出すな。いいな、これは社長命令なんだ」
「しゃ、社長命令……なんで……?」
二人のクラフトマンはお互い顔を見合わせ、次に僕と中浜くんを交互に見て、それから俄然、不機嫌になった。
楠信太セクション・マネージャーは、念を押すように二人の部下を睨むと、僕に、「じゃあ、概要を斗南から聞いて」と言った。
中浜は、楠の指示で、クラフトマン島田と打ち合わせに入った。
一方、斗南と呼ばれたクラフトマンは、ぶすっとした顔で僕に言った。
「じゃあ、あっちのモニター、見て」
「は、はい」
ホームを歩く斗南についていき、僕は百十八番ホームの中央近くに設置された、大きな液晶モニター画面に見入った。
プロ野球中継をやっている。
「野球に興味は?」
「あ、ええっとある程度は。レッドスナッパーズとタイフーンズの試合ですね」
「いいか、時間がない。一回しか状況説明しないからよく聞いて」
「は、はい」
「七回裏で、四対三でリードされているタイフーンズの攻撃中。今、フォアボールで、三番打者が塁に出た。これでツーアウト満塁、一打逆転のチャンスで、バッターは四番、ベン・マンズフィールド。球場は最高の盛り上がりを見せている」
斗南はここで息を継いで、これから大事なことを言うぞとばかり、真剣な顔で僕の目をのぞき込む。
「ベンは、前の打席で、ピッチャー伊藤から首の辺りにデッドボールを受けたんだ。だけど審判が、伊藤を危険球投球による退場処分にしなかったので激怒した。そのやりとりはさっき俺がここ、百十八番線で対応した。彼をなだめるために、シートレの編成には細心の注意を払って、俺の持てる限りの技術を発揮した。ものの言い方を一つ間違えると、彼は大暴れして試合がめちゃめちゃになりかねなかったからだ。さっきは何とかうまく収めたが、今、映像を見るに、ベンはまだ気が立っているようだ」
モニター映像では、レッドスナッパーズの内野陣がピッチャー伊藤の周りに集まって、守備について確認している。
斗南氏が言った。
「いいか、三浦さん。ベンを怒らせるなよ。奴は気が荒いから、ものの言い方に細心の注意を払え」
僕はつばを飲み込んで、頷きながら斗南に訊く。
「それで、僕はどうしたら……」
「ええっ! 何も聞いてないのぉ?」
「はい」
斗南は、まいったなあという風に天を仰いだ。
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