第二章 杏児(4)


 駅長は「外で待とう」と言った。


 ここは、先ほどの駅長の話から察するに、セントラルビルのロビーだ。駅長がいるくらいだから、ここが駅の中心なのだろう。静かなもので、僕たち以外、このロビーには誰もいなかった。


 玄関側がガラス張りなので、先ほどエレベーターから見下ろしていた景色が見える。このビル自体がまだ高台にあるのか、このロビーが地上一階ではないのか、ジェットコースターのホームは、さらに少しだけ下に見下ろす形で見えた。慌ただしく人々が動いているのが遠目に見える。


 さらに、ビルの目の前の車寄せの向こうには、左右を貫く道が通っているようで、ゴルフ場のカートのような電気自動車や、マイクロバスやトラックがひっきりなしに行き交っているのがうかがえる。


 東京都心、永田町のど真ん中に、こんな大きな世界があるとはまったく知らなかった。いや、もしかするとこれらはすべて、地下都市なのかも知れないと僕は思った。


 駅長と部長の後について、玄関の自動ドアを抜ける。途端に、都心の交差点さながらの喧騒と、生暖かい風が僕たちに向かって飛び込んできた。この超巨大ステーションはまさに活発に脈動している。


 信太という男は、電気軽自動車のようなものに乗ってやってきた。玄関前の車寄せに車を止めるとすぐにドアを開けて降りてくる。


「あ、僕は三浦……」


 挨拶をしようとする僕を信太氏は無視して、駅長にけしかけるように言った。


「駅長、ちょっといいですか」


 信太はそう言ってすたすた歩いて、江戸ワード駅長をロビー内へ誘う。駅長が信太について玄関から屋内へ入るなり、信太は駅長に向き直って癇癪を爆発させた。自動ドアが閉まってしまったので、彼の叫びの冒頭しか聞こえなかった。


「なんで! なんで俺んとこ……」


 部長が明らかに僕たちの注意をそらせようと口を開く。


「前を見ろ、あれはみんな、この駅のプラットホームだ。止まっている無蓋車(むがいしゃ)を、シークウェンス・トレイン、略してシートレという」


 隣の中浜が訊く。


「無蓋車って、あのジェットコースターの車両みたいなやつですか」


「うむ」


 後ろではまだ信太が駅長に向かってしきりに何か抗議をしていた。僕は部長に質問せずにはいられなかった。


「部長、質問が三つあります」


 部長自身も何か考えごとをしているようだ。


「言ってみなさい」


「ここは本当はどこで、ここでは何をやっていて、僕たちは今から何をするのでしょうか」


 部長は腕組みをして、目線の先でも、刻々と作業が進行しているプラットホームの様子を見ながら答えた。


「百聞は一見に如かずだ。彼について行け。すぐに分かる」


――「彼」って、誰のことですか?


 そう聞こうとしたら、ドアが開いて、憔悴しきった様子で信太が出て来た。


「この人ですか」という意味でだまって部長を見ると、部長は小さく頷いてあごをしゃくった。


 玄関から出て来るなり、信太は僕たちの顔も見ずに車へ向かいながら言った。


「乗って」

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