第81話 不穏の前触れ
サイズまで聞くことはできなかったが(当たり前だ)、静子と麗美はバストアップに成功したらしい。
もちろん、短期間である為、その数値は微々たるものだったようだが、その効果に彼女達は希望を見いだせたそうだ。
静子達に効果が現れたということは、当然、他の購入者達にも効果が出始めているということでもある。
SNS上では、そのことについて様々な報告が上がり始めていた。
ある者は劇的な効果があったと呟き、またある者は全く効果がなかったと呟く。
他にも、少しだけ効果があったとか、太ってしまったとか、その内容はマチマチである。
しかし、一定数以上の者から効果があったと声が上がっている為、津田ベーカリーの注目度はさらに増し始めている。
お客さんも日々増え続けており、今では行列の出来る店の仲間入りである。
こうなってくると流石に手が足りないそうで、津田さんはバイトを辞めて店の手伝いに専念しているようだ。
俺も最初の一週間は体験入店というかたちで雇われていたが、陽子さんのお願いされ、その後も週3で店の手伝いに出向いている。
給料は最低賃金ギリギリだが、俺にとってはメリットも多いので、暫くは続けることになりそうだ。
「あれ? 神山?」
色々と考え事をしながら歩いていると、後ろから声がかかる。
振り向くと、津田さんが小走りでこちらに向かってくる所であった。
「やあ津田さん、もしかして夕日のお迎えかな?」
「そうだけど、なんで神山がコッチ来てるの? アンタのウチって、橋向こうなんでしょ?」
「そうだけど、ちょっと店の様子が気になってね」
正確には、店で働いている
店が繁盛するのは良いのだが、結果として過労で倒れたりしては元も子もない。
今朝俺が手伝っている際は平気そうにしていたが、その表情には少し疲れが見て取れた。
大丈夫だとは思うが、念の為、放課後は様子を見に行こうと思っていたのである。
「うん、まあ、ここの所は本当に忙しいからね。……誰かさんのせいで」
「……それについては、まあ、すまないと思っているよ」
店の為とはいえ、多少やり方が強引だったのは否めない。
ステマはもちろんのこと、実際にバストアップ効果を得るために、材料にも少し手を加えさせて貰ったからだ。
その他、SNSを利用して効果的な運動方法の宣伝をしたり、効果が見込める料理の紹介なども同時に行っている。
結果として津田ベーカリーは繁盛することとなったが、それはそれで問題もあった。
労働力と、生産力の不足である。
そのどちらもが、津田ベーカリーには足りていなかった。
もちろん、静子や俺はそれを想定していたし、だからこそ店を手伝ったりしていたのだが、荒療治であったことは間違いない。
津田さんもバイトを辞めることになったし、色々と迷惑をかけてしまった。
「ちょ、ゴメン! 嘘嘘! 冗談だから! 神山を責めてなんかいないからね!?」
「しかし、迷惑をかけたことは事実だ。津田さんには、結果的にバイトを辞めさせてしまったしな……」
「いや、だから! 迷惑になんて思ってないから! 大体、私がバイトしてたのだって、ウチが経済的にヤバイからだったんだよ? 店が繁盛してたら、全くやる必要なんか無かったんだから!」
そうだったのか……
津田さんは結構派手めな感じだし、てっきり化粧代とかを稼ぐ為だとばかり……
「……ってことでさ、確かに忙しくはなったけど、それはそれで私や真昼が手伝えばいいことだし、神山だって手伝ってくれてるでしょ? ……だから、その、感謝してるんだよ……?」
少し恥ずかし気に、そう言ってくる津田さん。
その仕草や顔の赤らみ具合など、中々の破壊力である。
流石に少し照れ臭いな……
「ま、まあ、そう言ってくれると助かる……」
俺はポリポリと頬を掻きながら、それを直視しないよう視線を逸らす。
このまま見ていると、なんだか変な気分になりそうだった。
「し、しかし、いずれにしても今のままだと手が足りないだろう? バイトを雇ったりとかは、考えていないのか?」
いくら津田さんや俺が手伝うとは言っても、学校に行ってる間は流石に手伝うことができない。
土日はともかく、平日はやはり結構キツイんじゃないかと思う。
「考えてはいると思う……。まだ少し厳しいと思うけど、今の売り上げで安定したら、余裕もできると思うから……」
経済的に厳しい状況にあった津田ベーカリーでは、そう易々とバイトを雇うことはできなかった。
しかし、このまま売り上げをキープすることができれば、利益分でさらにバイトを雇うことが可能になるだろう。
悟さんや陽子さんも、その辺のことはしっかり考えていたようで、一先ず安心だ。
あとは、この状況を如何に乗り切るかにかかっているだろう。
踏ん張り時……、というヤツである。
「成程ね。それまでは俺も、しっかりと協力させて貰うよ」
俺の仕事は大体終わっている。
繁忙期を乗り切れば、俺がそのまま働き続ける理由も無くなる為、代わりの人材が見つかればバイトは辞めるつもりであった。
正義部の活動もあるし、何より一重からあまり離れるワケにはいかないからだ。
「……それまでってことは、やっぱり、その後は辞めちゃうってこと、だよね?」
「ああ。名残惜しいが、俺にも色々とやることがあるからね」
「……全然名残惜しそうに見えないけど」
そう小さく呟きながら、津田さんは少し小走りで前に出る。
そして振り返り、複雑な表情を浮かべた。
「……津田さん?」
「……あのね? 神山は覚えていないかもしれないけど、実は私、昔、神山に助けられたことがあるんだ」
昔とは、あさがお幼稚園時代のことだろう。
俺は津田さんのことを覚えていなかったが、彼女は俺のことを覚えていたらしい。
「だから、今もまた、こうして助けて貰えて、本当に感謝してるんだよ? 昔は言えなかったけど……、その…………、っ! ありがとう!」
津田さんは何かを言いかけ、直後に振り払うように頭を横に振る。
そして、そのまま頭を下げて礼を言ってきた。
俺はワケもわからず、ただ「ああ」としか答えられなかった。
「…………っ! ごめん神山、なんか今日、私おかしい……。悪いんだけど、今日はこのまま、帰ってくれない?」
「それは構わないが……」
そう言うのであれば、帰るの自体は問題無い。
津田さんが手伝うのであれば、陽子さん達の負担も幾分か減るだろうしな。
まあ、少し腑に落ちない感は残るが……
「ごめんね! じゃあ、また明日!」
そして津田さんは、そのまま駆け足で保育園の方向に走って行ってしまった。
次の日、津田さんは学校を休んだ。
そしてその次の日も、その次の日も、津田さんは学校に来なかった。
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