第57話 速水桐花の行動
いや、正確には既に動き始めていたのだが、表立って動きだしたのは今日が初めてであった。
具体的な内容としては、まず俺への呼び出しである。
これまでとは違い校内ではなく、校外で場所を指定しての呼び出し。
間違いなく何らかしらのアクションがあると見ていいだろう。
「十七時に、二つ先の駅のカフェで…、ですか」
「ああ、手紙にはそう書かれていた。密会するようで彼女さんには大変申し訳無いのですが、と前置き付きでな」
文章だけ見るととても常識的で真面目な印象を受けるのだが、背景を知っているだけに複雑な気分になる。
研究者としては、彼女の人格がどういった経緯で形成されたのか興味深い所なのだが、今はそれを考察している余裕はない。
「では、これから作戦を開始するのですね?」
「ああ、時間も無いし、既に尾田君達には彼女の家に向かってもらっている。麗美も、一重を地元まで送り届け次第向かう手筈になっている」
下校時刻と同時に、俺は麗美と尾田君に指示を行い部室に向かった。
そして、いつも通り真っ先に部室に来ていた静子に、現在の状況を説明したのである。
「時間的にあまり余裕があるわけじゃない。簡単に打ち合わせをしたら、俺もすぐに待ち合わせの場所に向かうつもりだ」
「…そうですね。では私も帰宅している余裕は無さそうですので、こちらからバックアップをさせて頂きますね」
「すまないが、頼む。…後で必ず迎えに来るから、暫く辛抱してくれ」
正直な所、若い娘を部室に一人残して行くのは気が引ける。
しかし、時間的余裕がないのは事実であり、静子の申し出は認めざるを得なかった。
麗美達のバックアップは、静子の協力が不可欠だからだ。
「別に、迎えに来て頂かなくても問題ありませんよ? 元々、私は一人で行動することが多いですから」
「…駄目だ。俺が戻るまで待っているんだ。一応、静子は俺の、その、彼女って事になったいるんだからな」
自分で言って少し恥ずかしくなったが、こう言えば静子も黙って従うだろう。
こちらの都合で遅くまで残らせた挙句、迎えにも来ないのは個人的に許せる行為では無い。
…もちろん、静子が心配なのも事実だが。
「…わかりました師匠。待っていますので、ちゃんと迎えに来てくださいね?」
「ああ、もちろんだ。それじゃあ、頼んだぞ」
◇
「本当に大丈夫なのか? こんな事して…」
「問題ありません。この呪符を貼り終えれば、ここら一帯の人間は私達を認識しなくなります。あとは堂々と目標の家宅に潜入すれば良いのです」
私達は現在、
ここまで大掛かりな術を使用するのは、日中とは違い、一般的な帰宅時間と重なっている為である。
人間に限った話では無いが、帰省本能というのは中々に強い意識だったりする。
そういった意識を持っている相手に対しては、認識阻害や人除けの術がかかりにくいのだ。
「いや、俺はそういう心配をしたんじゃ…」
「ここまで来て怖気づいてんじゃねぇぞ尾田! 俺達は兄者の為、きっちり仕事すりゃいいんだよ!」
「…まあ、俺もあのままじゃ不味いってのはわかるけどよ」
…尾田君は戦士の如き見事な体躯をしているくせに、結構小さい男ですね。
マスターは一体、この男のどこを気に入っているのでしょうか?
「…さて、お喋りはお終いです。この結界も長くは維持できませんし、ちゃっちゃと済ませてしまいましょう」
そう言って、私は速水家の呼び鈴を鳴らす。
『はい、どなたでしょうか?』
「あ、私、桐花さんのクラスメイトの杉田と申します」
『あら、桐花の? ちょっと待ってて下さいね』
そう言って音声が途切れ、代わりにドアの向こうからドタドタと足音が聞こえてくる。
そして足音はドアの前で止まり、扉が開かれる。
(相変わらず、この世界の人間は不用心ですね…)
何の躊躇いも無く扉を開けてしまうのは、はっきり言って不用心としか思えない。
こちらにとっては好都合なのだが、その無警戒さにむしろ注意してやりたい気持ちになる。
「どうも初めまして、桐花の母です。ごめんなさいね、娘ったらまだ帰ってきていなくて…」
「…いえ、承知していますので。失礼しますね」
そう一言告げ、私は催眠の魔術を行使する。
前世の世界であれば、この程度の術は市販のアミュレットであっさりと防がれてしまうのだが、この世界では当然そんなものは販売されていない為、セキュリティなど無いも同然である。
まあ、カメラなどの機械に対しては通用しない為、その辺は静子さんのバックアップ任せなのですが…
「っと。では、この方の身柄はおまかせしますね」
崩折れる速水桐花の母親を抱きとめ、尾田君と如月君に引き渡す。
彼らの役目はこの母親の監視及び、この周辺の見張りである。
「基本的には無いと思いますが、結界を抜けてくる者がいた場合は手筈通り対応してくださいね」
「了解だ」
「任せてくれ!」
マスター直々に指導して頂いたこの結界に穴など無いはずだが、どんな時でも万が一は存在する。
特に、速水桐花の家族であれば、この場所に対する帰省意識はどうしても強くなる。
意識の檻を突破してくる可能性も無くはないだろう。
…まあ、平気だとは思いますが。
私はそんな事を考えながら階段を登り、速水桐花の部屋へと向かう。
彼女の部屋の位置を正確に把握しているわけでは無いが、家の規模と家族構成から考えれば場所の検討を付けることは容易い。
(多分、ここね…)
階段を登ってすぐの、なんとなく可愛いさを感じる扉。
恐らくはここで間違いないだろう。
私は躊躇いなく扉を開く。そこには…
◇
(ここか…)
少し調べてみたが、速水さんが待ち合わせに指定したカフェはここで間違いないだろう。
店名が書かれていなかったので怪訝に思ったが、どうやらこの駅にはカフェと呼べる店はこの店しか無いらしい。
扉をくぐると中々に洒落た店であったため、少し意外な気持ちになる。
こんな辺鄙な駅には、少しもったいないくらいの雰囲気を醸し出していた。
俺はウェイトレスに待ち合わせだと告げ、視線を巡らせる。
店内はそれ程広くない為、見つけられないという事はないだろう。
程なくして、俺はウチの制服を来た女生徒の後ろ姿を見つける。
背丈や髪型からも、間違いないだろう。
「お待たせしたね、速水さ………、え?」
「あ、あははー。ご、ごめんね? 神山。なんか、はやみん急に用事が出来たらしくて、私が代わりにって…」
席に近づき、にこやかに挨拶をしようとして俺は凍りつく。
そこにいたのは速水さんでは無く、
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