第53話 作戦会議①

 


「では、これより作戦会議を始めます」



 わ~、ぱちぱち、と如月君と麗美、そして尾田君が拍手をする。

 どういうノリなんだろうか?

 というか、尾田君は別に全然ノリ気ではなさそうなのに……

 付き合いのいい男である。



「あ、あの~」



 そんな中、控えめそうな声が割って入る。



「なんだね? 坊っちゃん」


「……あの、そろそろその、坊っちゃんって言うの止めてくれませんか?」



 割って入ってきたのは、かつて麗美と出会った日、俺と一重を嵌めた少年、通称「坊っちゃん」である。

 坊っちゃんは、その呼び名からもわかる通り「良いとこのお坊」ちゃんであり、とても金持ちだ。

 ちなみに今俺達が集まってるこの部屋も、坊っちゃんが提供してくれている。

 この部屋は現在、正義部第二の部室として使われており、各々が色々な物を持ち寄り、生活感溢れる素敵な部屋と化していた。

 半ば奪うようなカタチで利用させて貰っているが、この部屋は元々連れ込み宿というか、ヤリ部屋というか、軟禁部屋というか、とにかくロクなでもない目的で用意された場所なのである。

 そんな不埒でゲスな使い方をされるくらいなら、こうして俺達に使われている方が余程マシと言えるだろう。



「ふむ、坊っちゃんがお気に召さないか。しかし、他に良い呼び方も思いつかないな……」


「あの、ですから自分には高――」


「ムッツリ前座、なんてどうでしょうか?」



 坊っちゃんが何か言いかけたが、それに割り込むように麗美が提案をしてくる。



「ムッツリか……、いやしかし、彼は控えめに見てもレイプ及び拉致監禁及び傷害未遂だからなぁ……。ムッツリと言うには少し行動的な気がするぞ?」


「確かに……。では、成金鬼畜前座でどうでしょうか?」



 前座は外さないんだな……

 まあ、確かに坊っちゃんは麗美の前座的なポジションだったかもしれないが。



「あん? この中坊、そんなことしようとしてたのかよ……。最低だな……」



 尾田君と如月君には、あの時のことを詳しく説明していない。

 ゆえに、俺の発言を受けてすっかり軽蔑の眼差しで坊っちゃんを見るようになってしまった。

 というか、実は坊ちゃんは中坊ではなく、一応先輩だったりするのだが……



「まあまあ、尾田君も如月君も、そんなゴミを見るような目は止めてあげてくれ。一応彼なりにあの時のことは反省しているらしいし、ちゃんと改心しているんだよ。この部屋も俺達の活動に好意的だからこそ、こうして提供してくれているんだぞ? なぁ、坊っちゃん?」


「……もう、坊っちゃんでいいです」



 何か諦めがついたのか、妙に儚げな返事をする坊っちゃん。

 まあ、本人がいいならこのままでいいだろう。俺もその方が呼びやすい。

 ちなみに、反省したというのも改心したというのも、全て真実である。

 偽っている可能性についてはほぼないと言っていい。

 魔術師四人を相手に、嘘を突き通せる人間など存在しないのだから。



「オホン、続けても宜しいでしょうか?」



 おっと、話が脱線してしまったな。

 気を取り直して、静子の作戦が書かれたホワイトボードに目を向ける。


 現在、この部屋は速水 桐花はやみ とうか対策本部(仮)として使用されている。

 集まっているメンツは、一重を除いた正義部のメンバーと坊っちゃんである。

 一重を仲間外れにしているようで少し罪悪感があるが、もう少しの辛抱なので我慢してもらいたい。



「俺は構わないが、なんでこの坊っちゃんまで一緒なんだ?」



 やや険しい目つきで坊っちゃんを見る尾田君。

 一応フォローはしてみたが、やはり良い印象は持っていないらしい。



「坊っちゃんはこの部屋の提供者でもあるし、今回は色々と協力もしてもらったのでね。協力者として一意見を聞きたかったので呼んだんだよ」


「自分は遠慮するって言ったんですけどね……」



 尾田君が怖いのか、ボソボソと控えめに呟く坊っちゃん。

 しかも尾田君には直接言えないので、わざわざ俺を非難するようなカタチでの反論だ。

 相変わらず小さい男である。

 とてもではないが、あんな大それたことをしようとしていた男とは思えない。



「遠慮なんてとんでもない! 坊っちゃんはこの作戦の立派な功労者なんだから、会議に参加するは当然のことだよ。是非意見も聞かせてほしいから、遠慮せずにどんどん発言してくれ」



「……ま、まあ、そういうことなら」



 ただ坊っちゃんは、とてもノセやすく、おだてに弱い、非常に扱いやすい存在だったりする。

 恐らくこの性格ゆえに、周りにノセられてあんな真似を仕出かしたのだろう。

 なんとなくだが、放っておけない男である。



「では、問題無いようなので続けさせていただきます」



 そう言って静子は、ホワイトボードに書かれた相関図のようなものを指す。



「まず、今回の発端は速水桐花さんの妄想対象に、師匠と尾田君が選ばれたことから始まりました」



 相関図には尾田君から『好き』という矢印が俺に伸びており、俺からは『気になっている』という矢印が伸びている。

 注釈に速水さんからの視点と書かれてはいるが、どうしても納得がいかない……

 それは尾田君も同じなようで、凄く複雑そうな顔をしている。



「これだけ見れば、単にBL好きの妄想ネタだと言えなくもありませんが、通常と異なる点が二つほどあります。一つは、彼女が師匠と一重ちゃんの関係を恋人同士と認識していることです。普通、腐女子のBLネタ妄想に女子が介在することはありませんが、彼女の中では事実として、そう認識されているようです」



 正直理解し難いが、これもまた事実である。

 彼女は俺のことを、迷うことなく両刀使いバイと断定していたし、この前の質問でも絶対普通の友達じゃないという認識だった。

 一応しっかりと否定はしたハズだが、彼女の中では未だ俺と一重が恋人同士ということになっているだろう。

 思い込みも、ここまでくれば立派な病気だ。



「これは彼女が単純にBLネタ妄想をしているのではなく、しっかりとした背景や設定、世界観を自身の中に創造していることが理由となります。誤解を解くには、まずこの世界観を彼女の中から取り除かなくてはなりません」


「あ、あの~、調べてるときも思ったんですが、それって本当にしなくちゃならないんですかね?」



 静子の説明に、坊っちゃんが疑問を投げる。

 さっきまで縮こまっていたというのに、すっかり調子を取り戻したようだ。

 チョロい坊っちゃんである。



「そりゃ、そんな妄想されていたら普通は嫌だろうが」


「い、いえ、そりゃもちろん嫌だとは思うんですがね? でも妄想することに罪は無いっていうか、誰だって人のこと好き勝手想像したり、妄想したりするもんじゃないですか? それを一々止めたりって、なんか不毛な気がして……」



 妄想の対象になっている尾田君には譲れない部分があったのか、少し強めな口調で反論する。

 しかし、坊っちゃんはビビリながらもしっかりと自分の意見を述べた。

 こういったことが自然にできる辺り、中々に優秀な素質を持っていると言える。

 きっと将来は親の跡を継いで、優秀な社畜になるだろう。



「いえ、坊っちゃんさんの言うことは正しいですよ、尾田君。確かに妄想の対象になることは不快かもしれませんが、妄想自体は誰しもがすることですし、止めるのは難しいです。尾田君だって妄想の一つや二つくらい、するでしょう?」



「う……、まあ、な……」



 心当たりがあったのか、少し顔を赤くする尾田君。

 うんうん、思春期だもの。あるよね当然。

 今まさに五十年越しの思春期を体験中の俺も、もちろん妄想くらいはしているしな。



「問題なのは彼女の場合、それが妄想に留まらず、現実でもそうだと思い込んでいることにあります」


「何それ……。相当タチの悪いメンヘラだな……」


「はい。妄想と現実の区別がついていない、と言うと冗談のように聞こえるかもしれませんが、彼女の場合は本気でその区別ができていないのです。そして彼女の場合、それを吹聴するということはないのですが、面倒なことに書籍として世に出しているという点が厄介です。これが普通の腐女子と異なる点、その二になります」



 あまり理解したくないが、普通の腐女子ってなんなんだろうな……



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