第41話 ミッション開始

 


 速水 桐花はやみとうかの出身校は東京都23区外、立川よりさらに向こう側にある辺鄙な地域にある。

 彼女と出身校が同じ人間は、残念ながらウチの学校には存在しなかった。

 当然と言えば当然である。

 電車を乗り継いでまで、わざわざウチのようなバカ高校に通うメリットなど、基本的には存在しないのだから。

 バカだからこそウチしかなかった、という線もまずないと思われる。

 何故ならば、我が校『都立中央誠心高校』は偏差値が低いと言っても、割とどの地域にも存在するような都立高と大差ないのだ。

 学力を理由とするのであれば、もっと立地の良い学校などいくらでも存在する。


 つまり、何か特別な理由でもなければ、ワザワザ『都立中央誠心高校』を選ぶハズなどないのだ。

 そう考えるとやはり、速水さんは中学校時代に何かあったのだと思う。



「マスター、見つけました」



 麗美には速水さんの出身校、玉川中学の名簿情報を調べてもらっていた。



「早かったな」


「まあ、学校がわかっていますからね。しかも公式のHPまであるとなれば、このくらいは容易たやすいことです」



 そう言って胸を張る麗美。

 張ってもほとんど起伏のない胸を見ると若干不憫に思うのだが、努めてそれは表情に出さない。



「……それで、肝心の浩史君と和也君はいたか?」


「同じ名前は絞り込めました。あの同人誌と字が同じ、とするのであればこの二人になるかと」



 画面に映し出された二人の顔写真。

 このデータは、どこぞの卒業アルバム作成会社から引っ張ってきたものである。

 この中学校がどこにアルバム制作を注文したか、それさえわかれば、俺達にとってこの程度のことは造作もない。



谷中 浩史やなか ひろし沢井 和也さわい かずや、ね……。彼らの進路は?」


「それが、教師の端末らしきデータにアクセスしたのですが、二人とも、空欄になっているんですよね……」



 このデータが正式な書類用のデータであれば、二人は進学していない可能性が高い。

 卒業した後のことまではわからないが、少なくとも通常の高校に通っていることはないだろう。



「……これは、まず他から当たった方が良いかもしれないな」


「そうですね」



 となると、この辺のいかにもお調子者っぽい奴がいいだろうな。



「……よし、コイツに当たろう。高校も地元のようだし、一気に詰められるかもしれん。麗美、頼めるか?」



「もちろんです、マスター。でも、同じ役目なら一重さんの方がより効果的では? 私ではその……、色々と負けていますので……」



「いや、一重にこの手の対応は不可能だ。今回の件も、ボロを出しそうな一重は完全に外しているからな……。麗美も一重には情報を与えないようにしてくれ」



 一重は基本的に嘘をけないし、演技力も皆無に等しい。

 しかも、実は結構な人見知りだったりと、この手の作戦には本当に向いていないのだ。

 変に情報を共有してもそこから速水さんに感づかれる可能性もあるため、一重には今回の活動に一切関わらせるつもりはない。

 ……変な知識も与えたくないしな。



「この任務は麗美が適任だ。静子でも正直厳しいだろう。その点、お前は容姿も抜群だし行動力もある。魔力量も俺達の中では一番と文句の付け所がない。……これでも信頼しているんだぞ?」



「マ、マスター……」



 目をキラキラとさせる麗美。

 少しずるいやり方ではあるが、嘘は言っていない。おおむね本音である。



「わかりました。この麗美にお任せを。……あの、でも、怖いものは怖いので、陰ながら見守っては、くれますよね……?」



 ……夜な夜な街で不良相手に色々やっていた奴が、何を言っているんだ?

 と、思わず口に出しそうになるが、何とか飲み込む。

 折角ご機嫌なところに、わざわざ水を差すような真似はすべきじゃないだろう。



「もちろんだ。いざとなったら身を挺してでも麗美を守ってみせるさ」





 ◇杉田麗美





 都立玉川高校――

 その校門前で、私はターゲットを待ち構える。

 下校する生徒に奇異の視線を向けられるが、気にはならない。

 中には好意的な視線を向けてくる男子生徒もいたが、あんなチンチクリン共など、心底どうでもいい。

 下卑た視線が私の顔、そして胸に移り、即座に足に向かう。

 非常に不愉快ではあったが、そんな気持ちは一切表情に出さず、柔らかな表情を作る。


 彼らはやはり、マスターに比べればガキ、としか言いようがない。

 先程、私はマスターの意識を引くため少し胸を強調してみたのだが、マスターはほとんど意に介した様子がなかった。

 意識してくれないというのは非常に残念なのだが、不快さや下品さを感じさせない紳士的な態度は非常に好感が持てる。

 マスター最高。愛してる。



「ねぇ、君? 何か用かな?」



 私がマスターを思い、心をときめかせていると、不快な声が割り込んでくる。

 視線を上げると、ニヤニヤ下品な笑いを浮かべたチャラ男がそこにはいた。

 なんだコイツは? 殺されたいのか? などという気持ちは一切出さず、私は笑顔で受け応える。



「あの、人を待っていまして……」


「それって何年? 男? 女?」


「あ、男の方です。一年生で、名前は田中、純也さんです……」



 そう言うと、チャラ男は一瞬驚いた顔をして、校門の中に視線を向ける。



「お、おい! 純也! どういうことだよ!? この子、お前に会いに来たみたいだぞ!?」



 その声に反応したのは、同じくチャラそうな茶髪の男子。

 卒業アルバムの姿と比べると随分垢抜けた印象を受けるが、間違いない。ターゲットである。



「あ、純也さん! いきなり訪ねてきてしまい申し訳ありません! 私、杉田 由美・・って言います! 少しお話したいことがあって、その、お時間、頂けますでしょうか?」



 控えめな印象を与えつつ、やや瞳を潤ませ、上目遣いに懇願する。



「べ、別に構わないけど?」



 ヒュー! だとか、テメーこんな上玉とどういうことだよゴラァ、だとか、お目出たい歓声が上がる中、私はありがとうございますと深々頭を下げる。

 まずは第一段階、成功だ。

 あとはコイツの意思とは関係なしに、いくらでも情報を引き出せばいい。

 私は彼らには見えない角度で、酷薄な笑みを浮かべた。


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