第182話 撤退
アースロッドは紋次郎に近づき声をかける。
「あの者たちはお主の仲間か、とんでもない達人たちじゃな」
紋次郎はアースロッドを見ると少し微笑んで自慢げにそれを肯定する。
ブファメの軍は、予想もしていなかった強力な敵の援軍に混乱していた。状況的には、まだまだ圧倒的な戦力で優位であるはずなのだが、流れは、ブファメの司令官に敗北の想像をさせるまでになっていた。この圧倒的戦力で敗北などしようものなら面目も何もない、その状況がさらに司令官を混乱させる。
「アドモス司令、前線が完全に崩壊しています。ここは一度軍を退いてはどうでしょうか」
アドモス司令と呼ばれたデーモン族の男は、副官のその言葉に少し考えると小さく頷き、何かを決めたようだ。
リリスたちの登場で、戦況が大きく変わり、戦場は大きな混乱の波に覆われていた。しかし、あるタイミングでその波がゆっくり治まってくる。その光景を見て、アースロッドが呟く。
「どうやら踏ん張れたようじゃな・・」
そのアースロッドの読み通り、敵がゆっくりと後退始めた。この機会を逃すことはないと考えるアースロッドは、味方を集めて砦からの撤退を指示始めた。
「徒歩で山道を歩いて、山の裏側まで行こう。そこから飛兵隊に運んでもらって、アトラの軍がいるドナウの街を目指す」
アースロッドのその提案に意を唱えるものは誰もいなかった。敵が十分な距離を置いて後退したのを見計らい、ゆっくりと気づかれないように砦の裏から撤退を開始した。
ブファメの軍は、部隊の再編などに追われて、アースロッドたちの撤退に気がつくことができなかった。
うまく敵の隙を見て、クロネロ山の裏へと逃げ延びたアースロッドたちは、そこから飛兵隊の力で、空を移動しようとしていた。
「リリスたちは飛べるから大丈夫だよね」
飛兵隊に抱えられて飛び立つ兵を見て、紋次郎はリリスたちにそう話しかけた。
「確かにその通りじゃが、それより紋次郎、私らにもっと労いの言葉があっても良いと思うぞ」
ちょっと機嫌の悪い表情で、リリスがそう主張する。確かに、彼女たちが駆けつけてくれてから、まだ戦闘中だったのもあったので、気の利いた言葉もかけていないのに気がついた。
「あっ、そうだよねごめん。リリス、アスターシア、アテナ、カリス。みんなありがとう。すごい良いタイミングの登場で、すごく助かったよ」
アスターシアはそう言われて少し照れながら憎まれ口をたたく。
「本当ですわ。褒めるのが少し遅いですわよ。こんな遠いところまで助けに来たのですから、後でご褒美が欲しいですわ」
そのアスターシアの言葉に同調するように、リリスも言葉をつけたす。
「そうじゃのう・・優しくぎゅっと抱きしめるくらいのことはして欲しいものじゃ」
「そうですわ。ぎゅっとすると良いですわよ」
ご褒美を主張するリリスとアスターシアと違って、カリスとアテナは、自分の行動は主人に対する当たり前のものと考えているのか、特に何かを求めてはこなかった。
俺はリリスとアスターシアを5秒ずつぎゅっと優しく抱きしめてお礼を言った。望んではいなかったけど、カリスとアテナも平等に同じようにしてあげた。カリスは少し頬を赤らめて、照れているようである。アテナはなぜか強く抱きしめ返してきた。その力が強くて少し痛い・・・
スフィルドは、紋次郎が仲間に対して抱擁する姿を見て、自分の中で複雑な感情が沸き上がるのを感じていた。それは決して嬉しいものではなく、心をぎゅっと押しつぶされるような苦しいものだった。あの抱擁を自分にもして欲しいと思っていることに気づくと、彼女は目をつぶって首を少し降った。
クロネロ山から数時間ほどで、ドナウの街が見えてきた。ドナウの街は、ブファメの軍に包囲はされているが、まだ落ちてはいなようである。
「アトラが踏ん張ってくれておるようじゃのう」
アトラはブファメの大軍を相手に、善戦と言える戦いを繰り広げていた。数で言えば倍の敵を、これだけの時間持ちこたえていたのだから十分の戦果と言える。
「南門の方面が手薄のようじゃ、あそこから街へ入ろう」
「リリス、アスターシア、カリス、アテナ。悪いけど、みんなが無事に街に入れるように護衛してくれるかい」
紋次郎にそうお願いされた面々は、無言で頷き、皆を護る為の陣形を形成した。
ドナウを包囲しているブファメの軍が、アースロッドたちに気がついた。すぐに飛兵を展開して攻撃を仕掛けてくる。しかし、すでにリリスたちが近づいてくる敵に対して先制攻撃を放っていた。
強力な魔法攻撃を受けて、敵の第一陣は一瞬で崩壊していた。それを見た敵の後続は、魔法攻撃を警戒して、密集陣形から、広く距離をとった陣形で近づいてくる。
バラバラに攻めてくる敵など怖くはなく、カリスとアテナが確実に撃ち落としていった。
そのままブファメの軍が十分な対応をとる前に、アースロッドたちは無事にドナウの街へと入ることに成功した。
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