第50話 アダータイの迷宮
アダータイの天然ダンジョンは、エラスラの街から10キロほど北に行った場所にあった。両脇に滝の流れる渓谷にそれはあり、偉大なる風景を漂わせていた。紋次郎たちは壮大なその景観を堪能しながら、ゆっくりとその巨大なダンジョンへと歩みを進める。
1階層は鍾乳洞のようにジメジメとしていて、突起した岩が突き出した、洞窟のような空間であった。
「リンスはここのマップなんて覚えてたりするの?」
「そうですね、確かに一度来ていますが、さすがに正確には覚えてないですね・・」
確かに一度しか来ていない複雑なダンジョンのマップを記憶しているなんて無理だよね。この階層は大きな分岐もなく、道なりに進んでいくと下の階層へと続く階段を見つけた。その階段を下りていく最中、リンスは怪訝そうな顔になる。
「おかしいですね・・モンスターが一匹もいませんでした」
「あ・・そういえば買い物している時に、話を聞いたんだけど、大規模な攻略パーティーが今このダンジョンに来てるみたいよ」
「なるほど、そのパーティーに倒されて、まだ次のモンスターが生まれてないんですね」
「大規模ってどれくらいなんだろう」
「上級冒険者が50人と聞いているわ」
「うわ・・それは大規模だね」
「ま・・その規模でも、ここの攻略は難しいでしょうね」
「そんなに大変なダンジョンなんだね・・・」
「そうです、だから何時もみたいに逸れないでくださいよ紋次郎様、ここは本当に危険なんですから」
「そうですわ、紋次郎、とりあえず怪しい場所を触ったり、宝箱を不意に開けたり絶対にしないでちょうだいよ」
「わかってるって・・さすがにあんな怖い思いは俺ももうしたくないって」
それは前振りか伏線か・・もちろんご期待通りに紋次郎ははぐれてしまうのだが、それはもう少し後の話である。
★
ネグロスの大富豪、ラダージェンは上級冒険者を集めていた。それは天然ダンジョンの一つを攻略させる為である。そのダンジョンにはオリハルコン鉱山があるとされていて、所有することができれば莫大な富を得ることが約束される。ラダージェンは英雄級の冒険者を大金を使い雇うことから始めた。大陸に100人ほどしかいないその存在の中、3人もの英雄級が雇えたのは幸運だっただろう。
『英雄級冒険者』それはレベル150を超える、強力な力を持つ怪物であり、すべての冒険者から尊敬される存在であった。その3人の名に惹かれ、多くの超級冒険者や最上級冒険者が集まってくる。それはラダージェンの読み通りであった。
大魔導士、雷王ベリヒト。エルダーハンター、風切りのルダナ。アマゾネスの戦士、魔波動のミュラーナ。どれも大陸に名を轟かす一流の冒険者である。
英雄級3人は、50人にもなる大規模パーティーを率いて、難攻不落のアダータイの天然ダンジョンへと挑んだのである。しかしそれは、大きな陰謀が渦巻く、死の旅路であった。
「なんでだベリヒト、10階層の北東エリアなんて用はねーじゃねーか」
ミュラーナの問いに、何も臆することなくベリヒトは淡々と返答する。
「少し気になることがあってな、それほど手間でもあるまい、悪いが寄り道させてくれ」
「そんな余裕ねーだろう! ここはあのアダータイの天然ダンジョンだぞ、10階層の北東エリアなんて危ないところに意味もなく行く必要ないじゃねーか!」
アダータイの天然ダンジョンは他のダンジョンと同じように、通常は下の階層に行くほど危険度が増していく。しかし、10階層の北東エリアだけは特別であった。そこは龍の巣と呼ばれる危険エリアで、強力なドラゴンが多数生息していたのだ。
「まーまーミュラーナ、リーダーはベリヒトだ、ここは彼に従おう」
「チッ・・・必ず安全を一番に考えろよベリヒト! 50人もの冒険者の命を預かってるんだからな」
「分かっている」
ベリヒトのその言葉に真実などなかった。この時、もう少し強く問い詰めればよかったとミュラーナは後悔する。
10階層、北東エリアは広い大穴のような構造になっていて、穴の下には大量のドラゴンが生息していた。ベリヒトはパーティーにそこへ降りていくことを指示する。
「どうするつもりだベリヒト」
「まず、大穴に降りて、ドラゴンを無差別に攻撃して一箇所に集めて欲しい、集まったドラゴンに私の雷撃魔法とルダナのルガーリル・アローレインで一網打尽にする」
「そもそもドラゴンを倒してどうするつもりだ?」
「この大穴の先に調べたい場所がある、そこに行くのに大量のドラゴンがいては逆に危険だから処理するだけだ」
「調べたい場所ってなんだよ」
「ラダージェンの極秘依頼だ、詳しくは言えない」
「・・・・・わかった。でも必ず仕留めろよ、あんな場所でドラゴンに囲まれたらパーティーが全滅しかけない」
「もちろんだ」
作戦は決行される。それは想像以上にスムーズに遂行された。優秀な冒険者たちは効率よくドラゴンを集めていく、攻撃しては引き寄せ、一箇所へと誘導する。すでにその場所には100匹以上のドラゴンが集められていた。後はベリヒトとルダナの強力な範囲攻撃で一掃するだけであった。しかし・・そこに攻撃がされることはなかったのだ。そのかわりに、集められたドラゴンから距離を取っていた冒険者へと、非情な攻撃が降り注ぐ。
「オーロラ・ライトニング・ストリーム!」
「ルガーリル・アローレイン!」
虹色に輝く稲光と無数の光の矢が冒険者たちに降り注ぐ。50人の冒険者たちのその半分は、自分に何が起こったのか理解する前に、非道な攻撃のによってその命を失った。
「どういうことだベリヒト!!」
ミュラーナは彼らの攻撃が理解できなかった。急激に湧き上がる怒りの感情に揺り動かされるが、すぐに冷静になり、生き残った者に指示を与える。
「固まるな散って逃げろ!」
英雄級の範囲攻撃は強力である。固まっていればそれこそ一網打尽にされる。あいつらは間違いなく、殺意を持って、自分たちの前に存在している、そう確信していた。ミュラーナは一人、ベリヒトの元へと走りだす。そのスピードはまさに英雄級の名にふさわしく、神速と呼べるものであった。
「お前は意味わかんね〜んだよ!! ベリヒト!」
そう叫ぶと、ミュラーナは愛用の双剣を振りかざす。二人は同じ英雄級同士である、その為に接近戦では戦士のミュラーナが圧倒的に有利であった。しかし、それはベリヒトも理解している。すぐに下がり、その双剣の攻撃の危機から逃れる。すぐに追撃しようと踏み込むが、それを別の人間が妨害する、そう、もう一人の英雄であるルダナの弓の攻撃であった。ミュラーナは紙一重でその弓を避けると、方向転換してるルダナの元へと詰め寄る。そして双剣の連続攻撃で弓使いの英雄を切り裂こうとした。だがその攻撃は、不意に現れた一人の戦士によって防がれる。ミュラーナの双剣を大きな大剣で受けるとアマゾネスの体を吹き飛ばした。10mほど飛ばされたミュラーナは回転して着地する。そして自分を弾き飛ばした人物を見て驚愕の声を上げる。
「天眼のアゾルテ・・・・」
それは英雄級の戦士の名であった。一度、その姿を高レベルダンジョンで見かけたことがあり、その強さに驚嘆したのを覚えている。
「ミュラーナ・・お前邪魔だな」
そう言うとアゾルテは強力な斬撃を繰り出してきた。ミュラーナは双剣で受けるたびに、腕が軋むような重い攻撃を辛うじて受けきると、隠し玉を発動する。
「魔波動発動!」
その言葉とともに、ミュラーナの体と双剣が青白く光る。魔の波動で強化されたその動きと力で唸るような連続攻撃が、アゾルテの体に双剣の傷をつけていく。その剣がアゾルテの首に致命的な一撃を与えようとしたその時、ミュラーナの動きが止まる。
「くっ・・・・」
痛みで苦しむミュラーナの背中には、一本の矢が刺さっていた。それはルダナの放った矢でった。
ミュラーナは後ろに跳び下がる。そして英雄3人を睨むと叫んだ。
「お前ら一体なんだんだ!・・・」
「答える理由はない。お前はここで死ねばいい。周りを見てみろ、残っているのはお前ぐらいだ」
それを聞いて嫌な感じになり、すぐに仲間の冒険者たちを探した。いたるところで死体となって転がっている冒険者たちを見て、恐怖よりも怒りが湧いてくる。
ミュラーナの周りに、仲間の冒険者を殺した連中が集まってきた。その数は20人ほどだろうか・・どれも上級冒険者以上のようだ・・・このままでは殺られる・・ここで戦っても勝ち目はない。なんとか逃げ切らないと・・仲間の無念も晴らせない。
しかし四方を敵に囲まれた状況でどうやって逃げるか・・周りを見て一箇所、敵のいない場所を見つけた、それは・・・
ミュラーナは魔波動を発動して、走り出した。向かった先は、ドラゴンが無数にひしめく場所、そこに活路を見出す。英雄級3人相手にするより、100匹のドラゴンを選んだのだ。
「逃すな、殺せ!」
ベリヒトたちは急いでその逃亡者を攻撃する。しかし魔の波動で、神速を超えたスピードで走り抜ける戦女に、攻撃魔法など当たるわけもなかった。ミュラーナはドラゴンの群れにまぎれていく。
「くそ!! 追え! 生かしておくな!」
「ま〜ベリヒト、奴は手負いだ、あの数のドラゴンに囲まれて生き残れるとは思わないぞ」
「魔波動のミュラーナを舐めるな! ドラゴンごときにやられる奴じゃない。もし逃げ切られて、これが世間に話が漏れれば・・少し厄介なことになるぞ」
「確かにそうだな・・・お前ら、二手に分かれて奴を追え」
そう命令された冒険者たちはゾロゾロとミュラーナを追った。その中には悲壮な顔をした片目の戦士の姿もあった。
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