第26話 悲しみのその先に
村長に事件の顛末を説明して、宿屋に戻ってきた紋次郎は、一人、温泉にゆっくり浸かっていた。事務所の温泉より狭いけど、湯加減はそれに匹敵するほどいい感じである。
「うわ〜疲れが取れる〜」
今日は本当に疲れた、ストーンゴーレムに追いかけられ、宝石魔神と戦い、妖精王の悲しい物語に触れた。しかし今、そのすべてが温泉によって癒されていく。
「紋次郎様、お背中流しますよ」
そこに入ってきたのはタオルを巻いたリンスだった。
「うわっ! ちょーリンス〜 ここは湯気がそんなにないから見えるぞ!」
「大丈夫です、タオルを巻いてますから」
そうは言っても十分刺激的なんだけど・・・
「お兄ちゃ〜ん、メイルも一緒に入る〜」
「ブハッ!」
今度は何もつけていないメイルが勢い良く湯船に飛び込んできた。
「メイル! はしたないぞ!」
そんな俺の注意も気にせず彼女はバシャバシャとはしゃぎ始めた。
「本当に今日は疲れましたね。お疲れさまです」
そう言っていつの間にか、タオルを巻いたアルティが風呂に浸かっていた。
「ダァーーー!!」
俺も男の子である、この状況は大変嬉しいのだが何か違う・・何だろうこの違和感は・・
「本当に騒がしい連中ですわね〜」
湯船の岩と岩の小さい隙間に、ひょっこり入っている小さな存在は、そう言って羽を洗い始めた。
「アスターシアいたの?」
「いましたわよ最初から」
そこへアスターシアを見つけたメイルが嬉しそうに近づいてきた。
「うわ〜妖精さんだ〜」
「何よ、人間の子供!」
「私はメイルだよ。よろしくね」
「ふん。まーよろしくしないこともないですわ」
そのやり取りを聞いていたリンスは少し疑問に思うことがあったのか、アスターシアに問いただす。
「ちょっと妖精さん、そういえばあなた人語を喋れるじゃないの、どうして最初から喋らなかったの? そうすればあんな面倒くさいことにならなかったのに」
「私の名はアスターシアよ。どうして初対面の人間と会話をしなければいけないのよ、あなたたちの都合に合わせるなんてことしないわよ」
「まー確かにそうね・・ごめんなさい、いきなり攻撃して・・」
「それはもういいですわよ。紋次郎に免じて水に流しますわ」
そういえば風呂嫌いのメタラギ以外、全員集合だな。この世界はみんなで風呂に入りたがる文化があるのかな・・・
★
夕食は比較的豪華であった。何もないこの村では相当なご馳走であろう。事件を解決してくれたお礼なのであろうか、お酒もたくさん用意されていた。
「なんじゃと! 宝石魔神を倒したとな!」
顔が隠れるくらいの、でかいジョッキで酒を飲みながらメタラギは驚きの声を上げる
。
「紋次郎様・・そんな危ないことしないでください・・」
リンスは少し悲しそうにそう言ってくる。
「ごめんリンス、気をつけるよ」
「まー私の支援があったから倒せたんですけどね」
そう自慢げに言うと、アスターシアは、テーブルの上の料理をつつき始める。
「確かにその通りなんだけどね。そうだ、その時倒した宝石魔神からアイテムを取ってきたんだ。これって価値あるのかな?」
紋次郎はそう言ってカバンから宝石の欠片を取り出した。
「うわっ、それは
アルティはこの宝石の欠片を知っているようで驚いている。
「価値あるの?」
「あるもありますよ。その量だと200万ゴルドはするんじゃないですかね」
想像を超える価値に素直に驚く。
「紋次郎〜ここにお酒を入れてちょうだい」
アスターシアはどこから持ってきたのか、自分用の小さいコップを手に持って、俺に酒をおねだりする。
「アスターシア、お酒飲めるの?」
「当たり前ですわ。嗜みですわよ」
そう言うので、小さいコップに慎重にお酒を入れてあげた。メイルは果物のジュースを飲んでいるが、それ以外は皆、お酒をいい感じで飲み進める。このペースはやばいと感じ始めたが、時すでに遅し・・・最初に異変を見せたのはリンスであった。
「も・・紋次郎様!! こっち来てください! 違う! 私の横!」
「な・・どうしたリンス・・」
リンスはいつもはこんなになるまでお酒を飲まない。しかし、外出先での開放感か・・緊張の戦闘の後の安堵感からか・・異常な量のお酒を飲み進めていた。
「私は・・です・・ね・・紋次郎様・・寂しんです・・いつも真面目そうに仕事していますけど・・そんな女じゃないんです・・無理してるんです・・本当はデナトスみたいに、もっと気楽にいたいんです。私は・・女なんです! どうなんですか紋次郎様・・私を女としてみてますか!」
「リンス・・ちょっと飲みすぎだよ・・何言ってるかわかんないよ・・」
これを見て危険を察したのか、メイルは逃げるように自室に戻っていった。そんな薄情な・・・
「紋次郎様! 答えてください! 私は女ですか!!」
「ちょっと・・リンスさん・・紋次郎さん困ってるじゃないですか・・」
おっアルティが助けてくれる。そう思ったのだが・・
「それに〜ちょっと言葉が悪いかもしれませんけど・・リンスさんに女は見てないと思いますよ・・なんというか・・エルフとして見てると思います。女として見てるのはやっぱり同族の私に対してだと思いますよ〜ウフッ」
アルティ・・何言い出すんだ・・・
「アルティ・・おばあ〜ちゃん・・500歳以上の老婆が何言ってるんですか・・」
アルティのこめかみがなんかピクピクしはじめた・・・
「ちょっと年齢のこといいますか。リンスさんだってエルフでしょう? 結構なお年ではないのですか?」
「私はハーフエルフだから、それほどいっていません。年齢は90歳です。人間でいうと18歳くらいの小娘の年齢です」
怖い・・怖いよ・・二人とも目が怖い・・メタラギ助けて・・・と思ってメタラギを見ると・・寝てるし・・
「紋次郎様・・どっちがいいんですか! 私とアルティ! 決めてください」
「そうです。紋次郎さん。私ですよね?」
「いや・・酔っ払ってるから君たち・・・とにかく落ち着こう・・」
「どっち!」「どっちですか!!」
ここで意外な人物が参戦してきた・・
「紋次郎は私を選ぶわよ・・・この妖精王の私を」
なぜそうなる・・・
「何言い出すのよ・・ちびっころ!」
「引っ込んでた方がいいですよ。チビ妖精・・」
二人とも口が悪いって・・・
「私は高貴な王族ですからね。結局、殿方は高貴な血に惹かれるものですわ」
「そもそも紋次郎様とあなたとはサイズが違いすぎるでしょう」
「愛の前に、サイズなんて関係ないですわ!」
「愛ですって? あなたの言ってるのは動物愛護のことでしょう?」
バチバチと三つ巴の様相を呈してきた・・・ここにいてはダメだ・・俺の本能がそう言っている。何とかして逃げなければ・・・
「紋次郎様!! はっきり決めてください!」「紋次郎さん。私ですよね!」「紋次郎。私を選んでもいいですわよ」
「ああああああああっ!!!! あれを見ろ!!」
古典的な方法だが、酔っ払った3名には十分効果があった。
「何見るんですか? 何もないですよ」「どれでしょうか? あれですか?」「うん? 紋次郎、何見るの?」
俺はこの隙に、音を立てずに慎重にその場を後にする。そしてなんとか部屋に逃げ込んだ。その後、強烈にドアを叩く音がひたすら聞こえたが、布団を頭までかぶり、寝たフリを決め込んだ・・・
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