第14話 冒険者の憂鬱
「なんでえこれは!」
イグニスは目の前に広がる光景に我が目を疑った。ここで数週間前にあの怪物と死闘を繰り広げたはずなのだが・・なぜかそこには得体の知れない鉄の箱に、大勢の冒険者が群がる姿だった。
あの時の雪辱を果たすために、イグニスたちは紋次郎のダンジョンにやってきていた。しかしもうこの時にはここは自動販売機が置かれているだけのただの地下室になっており、しかももうここのオーナーは紋次郎ではなくなっていた。
「意味わかんねーな! ベナー説明してくれ」
「そうだな・・おそらくダンジョンの運営方針が大幅に変更されたのか・・もしかしたらオーナーが変更になっている可能性があるな」
「ダンジョンギルドに問い合わせてみたら?」
「いや、もっと手っ取り早い方法がある」
そう言ってイグニスは事務所がある裏手に回っていった。
「おいイグニス。それはルール違反だぞ」
「構やしない。ちょっと話を聞くだけだ」
「それがルール違反だって・・・まー言っても聞かないか」
ベナーが諦めたのと、イグニスが事務所の扉をノックするのは同時だった。
「コンバンワ〜誰かいませんか〜」
少しすると事務所から初老のヒューマンが出てきた。
「何の御用ですか?」
「あっいえ、少しお聞きしたいのですが・・こちらって最近オーナーが変わったりしてますかね?」
「あー先日、オーナーの変更があったよ」
やっぱりそうだ・・・
「あの・・前のオーナーがどこに行ったかってのはわからないですよね?」
「どうだろうね、噂だとこの近くのダンジョンだって聞いけどね。おいネマシマ。昨日、クローネの所の若いのが言ってたダンジョンってどこだっけ?」
ネマシマと呼ばれたドワーフの男は少し考えてからこう答えた。
「確かそこの先の丘の下にある、炭鉱みたいな入口のダンジョンだと思うよ」
「だとさぁ」
「助かりました。ありがとうございます」
イグニスが礼を言ってその場を後にする。聞きたい情報を聞き、グワドンとの再戦を思い描き気合を入れる。
教えてもらった場所に確かに炭鉱みたいな入口のダンジョンが存在した。
「ここだここだ。早速いくぞ!」
「おいイグニス。また中の様子も分からんのに突っ込む気か?」
「そうだが!」
「さすがに学習しろよ。一度俺たちは全滅させられてんだぞ。あれは相当強い。なんの策もなく突っ込んでも返り討ちにあうだけだぞ」
「いや、俺たちの方が強い!」
「なんだよその変な自信は!」
「やる前から負けてんじゃねーーー!!!」
イグニスはその勢いでマドロスを殴りつける。
「痛えなこの野郎!」
「痛くねーー!!」
「お前ら、もういいから、行くのなら行くぞ」
ベナーは呆れたように二人を制する。マドロスとプリーストのリュラーは中に入るのがちょっと不満そうだが、半ば強引に突入させられた。
「この廊下はいつまで続くのかしら・・・」
かれこれ2時間ほど同じような廊下を進んでいることに不満を漏らすリュラー。他のパーティーの面々も同じように思っていたが、言ったら負け的な感覚でじっと我慢していたのだ。
「だぁ〜〜〜!!!言ったなそれ!言ったから負けだ!」
イグニスは思わず心に思ってた勝ち負けを言ってしまう。
「何が負けなのよ」
呆れ気味のリュラーの冷たい一言に一蹴される。
「それにしてもなんも出ないな・・モンスターくらい出てもいいのに」
いつも冷静なベナーもさすがに愚痴をこぼし始めた。罠もなく、宝箱もなく、モンスターも出ない、さすがにひたすら同じような廊下を永遠と歩かされるのは苦痛である。
さらに2時間ほど歩いた時、我慢の限界がきたのかマドロスが切れた。
「さすがにこれはおかしい! もう引き返そうぜ!」
それを聞いたイグニスは不敵に笑いこう言い放った。
「ふっ。馬鹿な奴だな、お前はもうこのダンジョンの罠にはまってるんだよ!」
「なんだと!」
「よく考えろ。さすがにこんなに何もない状態で永遠長い廊下が続くなんておかしいと思わなんか」
「思ってるから引き返そうって言ってんじゃねーか」
「馬鹿野郎!! だからそれが奴らの狙いだって言ってんだ! いいか、こうやって精神力と体力を削っていき、弱ったところを一気に攻めてくる気なんだ。だからここは弱みを見せたらダメなんだよ」
「そうなのか?」
「そうだ! だからこのまま何も言わずに奥に進むのが良策ってもんだ」
「本当なのか!」
「本当だ!」
皆、疲れているのだろう、イグニスの言っている意味不明な理屈に納得してしまった。彼らはそのまま無言で奥へ奥へと進んで行く。あれ、ちょっとおかしくないか、いくら何でも長くないか、そう考えながらも無言で突き進む。
そして・・ダンジョンに入って22時間・・無限かと思われた彼らの行進は終わりを迎えた。それは完全なる廊下の終わりによってもたらされた。
「おいイグニス・・・廊下終わってんじゃねーか! 結局何もねーぞ!」
「ふっ。馬鹿野郎!! そんなの俺が知るか! 帰るぞ」
「ちょっと・・この廊下を引き返すの? さすがに萎えるわ・・」
「イグニス!!」
珍しいベナーの叫びにビクッとびくつくイグニス。
「な・・なんだよ・・」
「お前は今月小遣いぬきだ」
その言葉に顔面蒼白になる。この後、みんなにネチネチと愚痴を言われ続けながら来た道を引き返していった。ここは紋次郎が内見で訪れただけのダンジョンなのだが、話の行き違いがあった、未だに誰も管理していない空きダンジョンだったと彼らが知るのは、来た時間と同じだけかけてダンジョンを出て、街のダンジョンギルドで話を聞いた後であった。
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