第2章 特訓開始! 6

「すごいわねぇ、さっすが王子様候補。もう、そこら辺の人と遜色ないぐらいの魔力を感じるわよぉ」


 服越しの背中に手をかざしていたアヤメが、感心の声を上げる。

 ここへ来て二週間。アヤメから直々のお墨付き。

 充分すぎる褒め言葉のはずなのだが、気分は下降線だ。


「で? それなのに、なんで未だに魔法が撃てないわけ? ボタン弾き飛ばしたきりっていうのは、どういうことなのよ」

「今日はアヤメ様に同じ服をお借りしました。さぁ、ボタンを弾き飛ばしてみてください、兄さま。さぁ!」


 別に、出し惜しみをしているわけではない。

 むしろ、誰よりも魔法を撃ちたいのは僕の方だ。

 アザミなんて、文字通り身体を張って協力をしてくれているわけだが、その期待に応えられない自分が歯がゆい。


「ほら、ほらぁ。そうやって追い込まないのぉ。魔法を撃つ上で、一番大事なのは精神の集中よぉ。それに魔力だって、この先もっともっと溜まっていくんだからぁ。そうなったらきっと、今度は魔力の制御に苦労するようになるわよぉ」

「すみません、兄さま。そんなつもりはなかったので、お許しください……」

「わ、悪かったわ。追い込むようなこと言ってごめんね」


 カズラにまで素直に謝られるとは……。

 みんなに気遣われていると思うと、余計に気が焦ってしまう。

 その気持ちが悪循環を招いているとわかっていても、やはり断ち切るのは難しい。




「ほらほら、形が疎かになってるわよ! 集中できてないことぐらい、形を見れば一目瞭然なのよ!」

「…………」


 カズラからの、容赦のない言葉が胸を刺す。

 今はもう武道の稽古に入っているというのに、未だにさっきの気持ちを引きずったままだ。図星を突かれて、返す言葉もない。


「……もう、しょうがないわね。確かにずっと形ばっかりやってたから、飽きてきたのかもね。久しぶりに、実戦にしましょうか――」


 きっと気を遣っているんだろう。

 さっきの謝罪といい、ついつい同情心に敏感になってしまう。


「――今日はちょっと趣向を変えるわよ。あたしは手を出さずに避けるから、あんたはあたしを捕まえてごらんなさい。も、もしも捕まえられたら、ご褒美に一つだけ、……言うこと聞いてあげるわ」


 こんな趣向を変えてくれているのも、気分転換ができるようにとの気遣いだろう。

 ダメだ、ダメだ。どうしても後ろ向きに考えてしまうのは、僕の悪い癖だ。

 今は素直にカズラの好意に甘えて、一風変わった稽古を楽しむとしよう。


「よーし、わかった。絶対捕まえるから……」


 大きく息を吐き、肩の力を抜いて、軽く腰を落とす。

 そして息を整えながら、視野を広げるよう心掛ける。カズラの咄嗟の動きにも順応できるように。

 さあ、鬼ごっこの開始だ。


「兄さま、頑張れー」

「わたしも、兄さま・・・のお手伝いしちゃおうかしらぁ。カズラちゃんを動けなくしちゃうとかぁ」

「アヤメ様! 兄さまは、私の兄さまです!」


 応援をしているのか、それとも邪魔をしているのか。

 だが、そんなことで気を散らしていては、目の前のカズラは捕まえられない。


 まずは、素直に飛び込んでみる。

 軽々と右手に跳ね避け、突進をかわすカズラ。

 もちろん、一発で捕まえられるとは思っていない。繰り返し、飛び掛かる。

 身体が軽い。

 たった二週間でも、反復練習の効果が出てきたのだろうか。

 スムーズな重心移動。

 機敏に反応する足腰。

 この訓練は、それを実感させる意図だったのかもしれない。


 自分でも思った以上に動けているというのに、ちっとも捕まえられないカズラ。

 何度飛び込んでも、すんでのところでかわされてしまう。

 少しは頭を使わないとダメだ。今回はわざと重心を右足にかけて、罠を張る。

 きっと左には動けまいと、今度は左手に避けるはず。それを誘う。


 ――かかった。

 

 左手に身体を翻すカズラ。狙い通りだ。 

 右足をなんとか踏ん張り、体勢を左へ反転。カズラへ向けて手を伸ばす。

 よし! これならいける。身体は完全に同じ方を向いている。あとは目の前のカズラの服を掴むだけ。


 ――ゴスッ。


 容赦のない裏拳が頬に炸裂。

 手を出さないって言ったじゃないか……。


「あっ……。つい……。大丈夫?」


 頬を押さえてうずくまる僕に、心配そうに駆け寄るカズラ。

 今度こそチャンスだ。これなら確実に捕まえられる。転んでもただでは起きない。もっとも、既にカズラの反則負けにしてもいいぐらいだが。

 駆け寄るカズラに手を伸ばす。

 無防備な今なら、捕まえるのは造作もないこと……。そう思った僕が浅はかだった。


 あっさりと弾かれる、伸ばした僕の手。

 さらに、その反動を使って身体を回転させるカズラ。

 まずい……これは、カズラお得意の回し蹴りだ。きっと、反射的に身体が動いてしまうのだろう。

 もう避けられそうもないと、防御の体勢を取るのが精一杯だ。


 ――カッ。


 閉じた目にも感じる、明るい光。乾いたような炸裂音。

 なんとなく懐かしい感覚。

 さらに、恐る恐る開いた目に映ったのは、五メートルほど先に倒れているカズラ。

 そして、ゆっくりと身体を起こしながら、その表情は呆気に取られている。


「ちょ、ちょっと……あんた、今の……」


 一体何が起こったのか、自分でもはっきりと思い出せない。

 だがその疑問は、あっさりとアヤメが解決してくれた。


「ビックリしたわぁ。今のは間違いなく、王族の血統魔法よぉ」

「王族の血統魔法って、どういう魔法なんですか? 『今のは』と言われても実感ないんですが……」

「防御魔法の特化したもの……って言えばいいのかしらねぇ。簡単に言っちゃうと、何ものも寄せつけない、そんな魔法よぉ」

「じゃあ、あたしが今弾き飛ばされたのは、その魔法ってわけ?」


 そういえば、今と似た状況に覚えがある。ソーラス神社でロニスに迫られた時だ。

 あの時も目を瞑っていて状況がハッキリしないが、あんな乾いた音を聞いて目を開けると、ロニスが弾かれたように宙を舞っていた。

 あれも、王族の血統魔法だったということなのか。


「そうよぉ。普通の防御魔法は、効果範囲外からのクローヌの侵入や伝播を阻むもの。だから、魔法に対しての防御効果があるのぉ。でもねぇ、王族の血統魔法は物質そのものの侵入を阻むのよぉ。だから近づいた者は弾き飛ばされるし、武器で斬りつけたって跳ね返すわぁ」

「無敵じゃないのよ。そんなもの発動されたら、どうやってやっつけたらいいっていうのよ」

「無敵よぉ、魔力が切れるまではねぇ。それに、周囲の魔力を利用する能力なんてのもあるわぁ。だからこそ、千年の時を経ても王位に君臨し続けてるのよぉ」


 無敵。なんという甘美な響き。

 全てを跳ね返す魔法なんて、まさに最強じゃないか。

 それを放ったということは、僕はやはりマスターの言う通り王子なのか。


 ――ということは、国王は僕の父親。


 ふと頭をよぎる、当たり前の話。

 王子である可能性がここまで高まった今、実感がないからと目を背けていい話ではない。

 だが思いを巡らそうとした矢先、アザミの感情的な声に現実に引き戻された。


「……ということは……やっぱり兄さまなんですよね。今度こそ確信していいんですよね? アヤメ様」

「王族の血統魔法が撃ててぇ、消息がわからない人物なんて他に聞いたことがないものねぇ。正真正銘のレオ王子と思っていいと思うわよぉ」


 アヤメの言葉を聞き終える前に、僕の胸に飛び込んでくるアザミ。

 そして抱きつくや否や、大声を上げて泣き始めた。

 今までもずっと『兄さま』と呼んでいたアザミだったが、やはり確証を持ててはいなかったのだろう。

 そして今やっと確信できたのか、過去に言えなかった分を取り戻すかのように『兄さま』を連呼する。




「――兄さま、兄さま、兄さま……、会いたかったです、兄さま。ずっと……ずっと……。もうどこにも行かないでくださいね、兄さま……」

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