第1章 おかえりなさい異世界 3
「――さて、これからどうしますかね」
神社から充分離れ、雑木林に身を隠しての作戦会議。
本殿からくすねてきたクロルツの灯りを、みんなで取り囲む。
人が来る気配はない。どうやら一安心と、鬱陶しい頭巾を脱ぐ。
ヒーズルに帰って来るなり、マスターが立てた作戦は使い物にならなくなった。
こうやって身を隠している状況が、既に予定外の行動。本来なら僕は王子候補として、堂々と名乗りを上げる予定だったのだから。
今は夜の闇に紛れているが、じきに夜も明ける。それまでにどこか、安全に身を隠せる場所を確保しなくては。
何しろアザミは国王派からも疎まれている状況。見つかれば面倒なことになるのは間違いない。
「家にご招待いたしましょうか」
最初に案を提示したのはマスター。
確かに一番安全そうではある。
「でもここから家までは、かなり距離あるわよ。着くまでに夜が明けちゃうわ」
「防魔服で素性は隠してるんだし、大丈夫じゃない? 夜が明けても」
「はぁ……。相変わらずおたんこなすよね、あんたは。こんな服装で街中をぞろぞろ歩いてたら、目立って仕方ないじゃない」
「じゃあ、逆に防魔服は脱いで堂々としたら? 王女は十年以上、公に顔を出してないからバレないって――」
「それはシータウでの話! 家の周辺は、王族に仕えているところばかりよ。王女のことを知ってる人に、出会わないとも限らないわ」
いつも通り、ことごとく言い負かされる。
この世界を知らない僕が、口を出す話ではないのか。
「じゃあ、そのシータウに逃げるっていうのは? それなら、知らない人ばっかりでしょ。ケンゴさんの家を拠点にできるし、一刻も早くケンゴさんの安否だって確認したいし――」
「いやいやいや、シータウなんて治安の悪い貧民街に、王女様や王子候補様を向かわせるわけには参りませぬ」
今度はマスターから却下される。これ以上挟める口は、僕にはない。
ヒーズルに帰る目的の一つだった、ケンゴとの再会。
別れ際のあの状況、無事でいるのかすら不安になる。だがケンゴがいるとしたら、シータウの可能性が一番高い。
シータウ行きそのものを否定されてしまっては、ケンゴの捜索もできないということか。
「私も、シータウに行くのがいいと思います。兄さまの案に賛成です」
「いや、しかし王女様……」
「アザミよ!」
アザミに支持されて、少し嬉しい。
そして、いつも以上に強い口調のアザミに押され、マスターもやや戸惑いの声。
これで賛成票は二つ。カズラも賛成してくれれば、マスターも折れないわけにはいかないだろう。
「はぁ……。これだから、あんぽんたんだっていうのよ。ロニスに知られてるケンゴの家を、拠点になんてできるわけないでしょ――」
カズラは反対か。
それにしても罵倒の連続。さっきから言葉が突き刺さる。
このカズラが僕に好意を持っていたなんて、アザミの話はやっぱり信じられない。
「――でもね、シータウっていうのは悪くないと思うわ。あそこは治安官も手を焼く地域だから、逆に権力から逃れるには格好の場所よ、父さん。それに治安が悪いなら、あたしたちが守ればいいだけのことじゃない」
「むう……。お前がそこまでいうのなら、仕方がないな……」
一転、シータウ行きが採用されそうだ。
たった一ヶ月半過ごしただけの街だが、僕にとっては第二の故郷のような場所。
久しぶりの帰郷に胸が躍る。
「でも、泊まる所はどうするの? こんな時間じゃ宿屋にも駆け込めないわよ」
「それなら、いい場所があるよ。そこならロニスにも知られてない」
「ああ、あそこですね、兄さま。ちょっと埃っぽいのが難点でしたね」
ロニスに襲撃された直後に逃げ込んだ廃倉庫。
一ヶ月半経った今でも、あのままだろうか。
だがあの辺りなら、隠れられそうな場所もいくらでもありそうだし、きっと何とかなるだろう。
「そうと決まれば、さっそく行動開始した方がいいわね。夜が明ける前に、シータウに着いてしまいたいわ」
「久しぶりのシータウ、楽しみですね。兄さま」
「よーし、ケンゴさん待っててくれよ。今度こそ日本に帰してやるからな」
それぞれの想い。それぞれの意気込み。
目的地も決まり、いやが上にも志気が高まる。
さあ、出発だ。
「…………」
「…………」
「ちょっと、父さん?」
「なんだ? カズラ」
「もう、早く出発してよ」
動き出さないマスターに、しびれを切らすカズラ。
たまりかねて背中を叩き、行動を促す。
「いや、それが……。ここは、どこかな?」
「ちょ、ちょっとしっかりしてよ。道案内は任せろって言ったのは、父さんでしょ」
「景色に全然心当たりがなくてな……。それに視力も衰えたようで、道もよく見えん」
一気に老け込んだかのような、弱気な発言のマスター。
だが確かに今日は、出発した満月の夜に比べたら格段に暗い。気になって空を見上げてみたが、月は見えない。新月だろうか。
星明りなんて風流だが、行動するには暗すぎる。
クロルツをくすねてこなければ、足元だって怪しいところだった。
「あたし、こんな所に来たことないわよ。アザミだってずっと閉じ込められてたから、外のことなんて知らないし。それにこいつは……、言うまでもないわよね」
まあ、言うまでもない。
『こいつ』呼ばわりは癪だが、シータウですら一人じゃ歩き回れないのだから。
「あんなに眩しい国で長らく過ごされたのなら、目を悪くされるのも無理はないですよ。だから先導はカズラ、お願いね。私をシータウまで連れて行ってくれたんだから、きっと大丈夫だよ」
「家出した時もカズラが道案内を?」
「ええ、カズラの方向感覚はすごいんですよ、兄さま。最後の最後に変なのに絡まれちゃいましたけど」
「そういうことなら、俺からも頼むよ、カズラ。迷子になっても恨まないからさ」
マスターがあんな様子な今、頼れるのはカズラだ。
ここはカズラの心をくすぐる言葉を並べ立て、その気にさせるのが得策。付き合いも随分と長くなって、カズラの動かし方も身についてきた。
「――し、仕方ないわね。そこまで言うなら、あたしについてらっしゃい」
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