第12章 備えあれば憂いなし

第12章 備えあれば憂いなし 1

 おせちも食べ飽きる正月三日、 そう表現するとのんびりしたムードに感じる。

 しかし、界門が出現するまであと三日しかない、もう目前に迫っている。

 年末年始ムードも昨日で終わりにして、今日からはヒーズルへの帰国に向けて本格的に行動開始だ。もちろんここまで準備を進めていなかったわけではない。界門の出現場所に詳しいマスターに、作戦の大筋は立案してもらってある。

 今日はいよいよみんなの前で発表してもらって、緊張感を持って第一回目の作戦会議の開幕としたい。雑煮を食べながらというのが、未だ正月ムードで少々不安ではあるのだが。


「とりあえず一番大事な部分なので、界門が出現する場所と時刻から話を始めてもらっていいですか?」

「かしこまりました、王子。今回、界門が出現する場所は千葉。ここからなら、車で二時間もかからずに着く距離です。出現するのはこちらの暦で一月六日、日が変わってすぐの零時十五分。そして、十五分間ほどで消滅するはずでございます」


 こうして具体的な情報が示されると、いよいよだという気になってくる。

 各自表情に真剣味が増していく中、アザミだけは幸せそうな顔で雑煮を頬張っている。

 そんな調子でいながら、要所になれば鋭い質問を浴びせたり、的確なアドバイスをしたりするのだから、掴みどころがない。いわゆる『能ある鷹は爪を隠す』タイプだ。


「国王派が警護にあたりますが、入手した情報によれば人員は十五名を配備予定です。正確な配置図まではありませんが、建物内に五名、すぐ外に二名、残りの八名は敷地内で見回るようです」

「父さん、その情報は確かなの? ガセネタ掴まされてないでしょうね。大前提が狂ったら、作戦も台無しなんだからね」

「今でも私は王子捜索班の責任者として、国王派の中に席がある身だぞ。この程度の情報の入手は軽いものだ」


 昔のマスターの言葉ならきっと尊敬の念を持って信じたと思うが、最近では自信たっぷりなときほど不安を感じる。いわゆる、フラグなのではないかと。


「さて、本題に入る前に確認なんですが、覚悟はできましたか? 王子」

「王子だとはっきりしたら、正式に名乗りをあげるって話ですよね。僕なんかで本当にいいのかっていう葛藤は未だにありますけど、ここまで来たらやるしかないですね」

「よろしい。では、作戦をご説明致しましょう」


 あれだけ主任に発破を掛けられては奮起しないわけにいかない。

 今はアザミの危機を取り除くことが、何よりも優先だ。


「まず、今回向こうへ行くのは王子と私だけです」

「ちょっと、置いてきぼりってどういうことよ」


 聞き捨てならない様子で、カズラがマスターを睨みつける。

 納得の行く理由じゃなければ容赦しないという凄みを感じるが、マスターは意に介さず穏やかな口調で淡々と説明を続ける。だがこの親子は突然、命のやり取りでも始めそうな緊迫モードに突入するので油断ならない。


「今国王から出ている指示は、『王子を一刻も早く見つけ出して連れてこい』と『王女も外界にいるらしいが、絶対に界門をくぐらせるな』の二点なのだ。だから、王子と私だけなら『王子候補をお連れした』と警備隊長に話すだけで、すんなりと界門を通れる」

「私が一緒だと、争いは避けられないわけですね。わかりました」

「アザミも、すんなり受け入れてるんじゃないわよ。こっちの世界だって安全じゃないし、いつまでも主任さんのお世話になってるわけにもいかないでしょ」


 カズラの憤りは、アザミを思う一心からきているのだろう。

 既にこちらでも襲撃されて、安全といえない状況は身をもって証明されている。全員で一緒に行動をする方が、アザミにとっては安全だと考えるのも一理ある。


「家のことなら心配しないで? あたしの昔からの願望だった妹が、二人もできたみたいで嬉しいんだから。なんなら一生、あたしの妹としてここで暮らしても構わないのよ?」

「主任殿、かたじけない。騒動に決着が付き次第、こちらの世界の支援者より金銭的補償は、充分にさせていただきますので――」


 主任の目を見ると、その言葉は気遣いではなく本心のように思える。

 こっちへ来て早々のファッションショーが頭に浮かび、反国王派とはまた違った厄介事に悩まされるのではないかと、アザミとカズラの二人に同情的になってしまう。


「――それにカズラ、二人を残すのは山王子様が王子か否かを見極めるまでのわずかの間の話だ。確認ができ次第、国王様に王子発見の報告を入れ、すぐにこちらへ戻ってくる。その間、お前ひとりで王女の護衛をするのは重責だが、やってくれるな」

「……ふん、当たり前でしょ。命に代えても守って見せるわよ」


 責任感の強いカズラに対しては、一番効果的な説得方法だろう。

 さすが父親だ、一緒に過ごした時間はあまり長くないようだが、娘の対処は良くわかっている。


「このような手はずで進める予定ですが、何か質問はありますかな?」

「反国王派の襲撃の可能性もあるんじゃないの? そのときに、二人で対処できるのかしら?」

「今回は向こうから精鋭も呼び寄せているらしいし、隊長も私の顔なじみで信頼のおける奴だから大丈夫だろう。心配なのは道中だが、あの神社は国道に面していて夜中でも交通量が多い。タクシーで現地まで乗りつければ危険もないだろう」

「それほどの精鋭だったら、今のうちから警護してもらったらどうかな?」

「どこに裏切り者が居るかわからないってのに、あんたはどこまでお人好しなのよ。すっとこどっこい」


 『おたんこなす』と『すっとこどっこい』は、どっちの方がより罵倒度が高いのだろう。そもそも聞くこと自体が稀な言葉なので、あまり罵倒された気にもならない。

 一通り話も出尽くし、第一回の作戦会議も終わりに向かう。

 最後にマスターの一言で締めくくるが、その言葉には感極まらずにいられない。




「――泣いても笑ってもあと三日です。それなら笑って最高の結末を迎えましょう」

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