第11章 思い出作り 4

「――じゃっじゃじゃーん」


 待った、待った、待ちかねた。

 十一時には着くと言ってたはずだが、もう十一時半過ぎだ。

 だが、遅刻に関しては何も言うまい。女性がめかし込んで遅れたときに責めると、ほぼ間違いなくこちらが悪者になるからだ。


「いい、すごくいい! みんなとっても似合ってるよ」

「本当ですか? 兄さま。おかしくないですか?」

「その黒髪が元々の色なんだね。まだ見慣れないけど、その方がアザミって感じがするよ」

「あんまりジロジロ見てるんじゃないわよ。お金取るわよ」


 反国王派にも顔は知られてしまったし、もう髪の色程度でごまかせる状況でもない。カズラも自分の髪色に戻していたし、アザミも自分本来の色の方が落ち着くのだろう。

 もちろん、黒く染め直したのだろうから、どの程度本来の色なのかはわからない。だが、この方がしっくりと、自然な感じがするのは確かだ。


「これがあたしからの、アザミちゃんとカズラちゃんへのクリスマスプレゼントだったってわけ。山王子くんも欲しがってたわよね。着る? 晴れ着」


 カズラは赤地の花柄、アザミは緑地の吉祥柄、そして主任は紫地に鶴と三者三様にイメージ通りの着こなし。そして、髪もしっかりと結って気合充分。

 これだけ目の保養をさせてもらえたなら、乾いた北風に耳をひりつかせながら待った甲斐があったというものだ。


「それにしても、なんなのよ。この人の多さは一体……」


 初詣と言えば個人的には神社なのだが、モリカド一族との関連を考えて寺にした。

 それに、クリスマスのような迷子騒動もうんざりなので、主任の家の近所の無名なところにしたつもりだったが、それでも圧倒されるほどの人出だ。

 参道には屋台も立ち並び、甘酒も振舞われている。

 そんな喧騒にあっても、この三人並んだ晴れ着姿は圧巻だ。マスターに至っては娘の成長した姿に感激しているのか、目にはうっすらと涙も浮かぶ。


「この着物って、向こうの服に似てるけどちょっと苦しいです、兄さま」

「ほんとよね、周り見てもこれ着てる女の人多いけど、みんな苦しくないのかしら」

「みんな苦しいに決まってるじゃない。でもみんな、見せびらかしたい願望の方が勝ってるから我慢できるのよ」


 相変わらず、主任の言葉は歯に衣着せない物言いだ。

 だが、今日に限っては自分も振袖を着ている以上、見せびらかしたいと暴露していることになる。


「甘酒もらってまいりましたよ。みなさんどうぞ」


 マスターが人数分の五杯の甘酒を、両手で器用に運ぶ。

 甘酒をすすると身体の内側から暖まるようで、雪でも振り出しそうなこの寒さを、わずかばかり紛らわせる。

 そして突如、どこからともなく始まるカウントダウンの掛け声。

 その声は次第、次第に波紋のように範囲を広げ、叫ばれる数字が減るに従い反比例するように声量は増していく。やがて、叫ぶべき数字がなくなると、人々の盛り上がりは最高潮に達する。


「――あけましておめでとう!」


 とってつけたような、年が変わった瞬間の挨拶。

 カウントダウンの連帯感は理解できるが、突然挨拶が始まるとなんだか嘘くさい。

 そう思いつつも、自分も参加していたのだが。


「あけましておめでとうございます、兄さま」

「あたしたちは、半年前に新年迎えてるからとっても違和感があるんだけど、一応あけましておめでとうって言っておくわ」

「しかし毎年思いますが、こちらの世界の人々はなんでもお祭りにしてしまいますね。ヒーズルでの年越しはもっと厳かな気持ちで行く年を思い、新しい年を迎えるものですから、何回味わっても落ち着きません」


 マスターの言い分には共感が持てる。

 僕もどちらかと言えば、一人静かに新年を迎える方が性に合っている。もっとも面倒が先に立って、間違っても元旦から初詣になんて行きはしないし、一緒に騒ぐような相手も居なかったから、選択の余地もなかったのだが。


「さあ、年も明けたしお参りしましょうか」


 まずは、手水舎で手と口を清める。

 そういえばあれからもう、ひと月以上が過ぎたのか。

 考えても今はどうすることもできないからと胸の奥に押し込んではいるが、やはりこうして再現度の高い事象に出くわすと、思い出さずには居られない。


「あら、山王子くん。お参りの手順、ちゃんとできるなんてやるわね」

「ケンゴ師匠の直伝ですからね」


 参拝の手順を淡々とこなしながら、当時のケンゴとのやり取りを頭に浮かべる。怒鳴られて何度もやり直させられたことも記憶に新しい。

 いやいや、何となく故人を偲んでいる雰囲気になってしまったが、再度ヒーズルへの旅立ちの日も、もう一週間を切っている。もう少しの辛抱だと言い聞かせ、ケンゴへの思いは再度胸の奥へとしまいこんだ。


 参道を人波に流されつつ進み、押し出されるようにたどり着いた最前列で、慌てて賽銭を取り出す。

 下手をすると命懸けになりかねないヒーズルへの旅立ち。最初は五円と考えていた金額を、奮発して千円に引き上げる。一瞬、万券にも手が掛かったが、やはりそこまではと躊躇してしまう。向こうへ行ってしまえば使い道などないお金なのだが、そこは貧乏性の切なさか。

 賽銭箱の前でおたおたしていたせいで、気付けば他の四人はとっくにお参りを済ませ、僕を待っていた。


「アザミは何をお願いした?」

「お願い……ですか?」


 アザミは不思議そうな顔で見つめる。

 願い事など他人に言うものではないし、言えば叶わなくなるというジンクスもあったりするから、そんな反応もおかしくないのかもしれない。

 しかし、それを聞いていたカズラが、呆れた口調で答える。


「初詣って神頼みするものなの? こんなに大勢の願いをいっぺんに聞かなきゃならないなんて、この世界の神様も大変ね」

「あたしもそういうもんだと思ってたけど、カズラちゃん達は違うの?」

「初詣は去年一年無事に過ごせたお礼と、今年の目標を神様にお伝えして、また一年よろしくお願いしますってご挨拶する行事だわ」


 ここは寺なので仏様だ。と、言いたいが胸にしまう。

 しかし、ヒーズルの風習はこの日本と似通っているどころか、本来の在り方を色濃く残しているように感じられて興味深い。


「願掛けなんてしないのか……」

「向こうの世界の神社は、そもそもの由来が界門出現の目印でございますから、ご参考になるかどうか。

 ですが語らせていただくのであれば、人は些細なことも含めて、常日頃から願を掛けておりますよね。それらが叶ったときに、感謝を込めて成就した内容に見合った賽銭を納める場というのが、私どもにとっての神社でございますね」


 さすがは神社に通じるモリカド親子だ。

 確かに言われてみれば、二人の言う参拝の心構えの方が正しく思える。

 だがきっと、ここにいる参拝客の人々の考え方は僕の方に近いはず、そう思って振り返ると、穢れた波が押し寄せているようにすら見えてくる。


「父さんも言ったけど、向こうだとお賽銭は後払い金なのよね。でも、こっちは願掛けする時にお賽銭投げ入れてるみたいだから、前払い制なの?」

「そこまでみんな意識はしてないと思うけど……。大きなお願い事するときはあたしも奮発しちゃうから、前払いしてるようなものかもしれないわね」


 前払い制と言われると生々しい。だったら、絵馬は契約書とでもいうのだろうか。

 しかし、モリカド親子の話を聞かされて、中途半端な賽銭を投げ入れた程度で神頼みをした自分が、なんて図々しいのだろうと恥ずかしく思える。


「それで、あんたはいくら前金を払ったの?」

「賽銭は千円だけど……」

「兄さまは何をお願いしたんですか?」

「今度の界門を無事にくぐってヒーズルにたどり着き、ケンゴが無事で、僕は魔法が撃てるようになって、みんなが命を狙われることもなく幸せに暮らせますようにって」




「――たった千円で……。この世界の神様が気の毒過ぎるわ」

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