エピローグ
エピローグ
――またあの夢か。
幼い頃よく見た夢、異世界へ行く直前にも見た夢……。
「ハハハ、レオの魔力はすごいな。私でさえも油断していたら大怪我しそうだ」
「甘やかしすぎですよ。人に向けて撃ったときはちゃんと叱ってくださらないと……」
「そうだったな。いいかレオ、人に向かって魔法を撃ってはいかんぞ。私だから事なきを得ているが、一般人だったら命を落としているところだぞ」
説教をしながらも、父は嬉しそうに顔を緩ませる。
「兄さま、兄さま。私もー」
「よーし、お庭で一緒に遊ぼっか」
「はいー」
妹に手を掴まれ、駄々をこねられる。
こんな続きは初めて見たな……と、夢の中で自分の夢を客観的に分析している自分がいる――。
「…………さん、カズトさん……」
徐々に声がはっきりと聞こえてくる。
この声は夢じゃなく、現実で呼び掛けられているのだと気づく。
一体誰が呼んでいるというのか。
「カズトさん……目を覚ましてください…………」
誰かが左手を握りしめている。
ああ、だからあんな夢を見たのか。
そんなことをぼんやりと考えながら、目が覚めていく。
そして握られた手を辿って見上げると、目に涙を溜めて心配そうに見つめるアザミが居た。
「良かった。このまま目を開かないのかと不安でした」
「ここは?」
「一瞬真っ暗になったと思ったら、次の瞬間はここにいて…………。外界、なんでしょうか」
そう言えばロニスの魔法を何発も浴びて、気を失い掛けながら闇に包まれた気がする。そして、目が覚めるにつれて痛みの感覚も呼び起こされていく。
「いつつつ…………」
身体を起こそうとしただけでこの痛みだ。
こっちが無防備なのをいいことに、ロニスは本当に容赦なく魔法を撃ちこんでくれたものだ。だが、この程度で済んだのは間違いなくあの男のお陰だろう。
「ケンゴさんは……やっぱり来てないのか?」
状況からいって期待はできない。だがそれでも確認せずにはいられない。
アザミの両肩に手を掛け、じっと目を見つめて問いかける。
だがアザミは斜め下に視線を落とし、力なく答える。
「私たちの後には……、誰もここには来てないです……」
ケンゴは、身を挺してロニスがこっち側に来ることを阻んでくれたのか。誰よりもこっち側へ来るべき人だけが取り残されるなんて、皮肉すぎる結末ではないか。
きつく目を閉じ、本殿での出来事を思い返してみる。
本当ならケンゴとアザミがこちらへ来るはずだった。どうしてこうなった。他に、もっとうまいやり方があったんじゃないのか……。今更いくら振り返ったところでどうにもならないことはわかっていても、違う未来へ至る選択肢があったのではと考えずにはいられない。
しばらく重い沈黙が続いたが、いつまでも感傷に浸っているわけにもいかない。
きっとここの警備の人員は、僕らの前にこちらへ渡ったロニスの手下を追っているために無人なのだろう。ならば直に戻ってくる、そして界門の警備は国王直属、ここに留まっているのは危険すぎる。
「急いでここを出よう。警備が戻ってくる前に」
「でも、私はどうしたら…………」
「こっち側は僕の生まれ育った世界だからね。お任せください、王女様」
格好をつけたつもりが身体中の痛みで自由が利かず、生まれたての子馬のように立ち上がった途端に体勢を崩す。逆にアザミに支えられて、何とも格好がつかない。
「無理しないで」
「でも、いつまでもここにいるわけにはいかないからね。少しだけ無理させてもらうよ」
アザミに肩を借り、建物から外へ出る。
その瞬間、身を切るような寒風が無防備に肌を晒していた部分を容赦なく刺す。
そうだった、こっちを出発した時はあれだけ着込んでいてもなお、寒さに震えていたではないか。だが、この寒さがまた元の世界に戻ったことを実感させる。
振り返って建物を確認して気付く、やはりここも神社か。
狭い境内に人影がないことを確認すると、目立つ参道は避けつつ敷地の外に出る。
ここはどこなのか皆目見当がつかないが、道路は舗装され、街灯も煌々と灯っている。そしてすぐさま自動車とすれ違う。
――間違いない、帰ってきたのだ。
次の瞬間アザミがぎゅっと僕を抱きしめ、顔を胸に押し付ける。
何事かと一瞬で色々な感情が頭の中を駆け巡ったが、震える細い肩を見て全てを悟った。
「大丈夫だ。これがこっちの世界の日常だよ」
そう声をかけるとアザミは恐る恐る抱きしめていた腕を緩め、上目遣いで不安そうに見上げる。あの世界の住人が夜中でも明るく照らす街灯や、ものすごい勢いで走る鉄の塊を見れば恐怖におののくのも当然だろう。
異世界へ飛び込んだ王女。
この世界を知る僕は彼女を守る義務がある。
そして知ってしまったもう一つの世界。あちらもそのままにしていいはずがない。
――僕は再びアザミの肩を借りて歩き出した。
第一部 完
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