第74話 文化祭Ⅵ
扉を開けた先はハワイだった。
もちろん、そんなはずはないのだが。目にするのが二度目の俺でも、ここがハワイなのではないかと錯覚してしまう。それほどに、透き通った海に面したビーチがとても美しく、観光客の色とりどりのパラソルが華やかな場を創り出している。
「お、古川くんじゃないか。どうだい、あれから足の調子は」
そう、俺は入学式の例の自転車事故にあったとき、軽く膝を擦り剝いてしまったのだ。そのときにお世話になったのが、この保健室の教員である見守時江先生だ。
「見守先生、いつの話をしているんですか。もうあのときから半年近く経っていますよ」
そうだっけな、と言いながら、パラソルたちの輝きに劣らぬつややかな黒髪に手を当てる見守先生。
「「これは」」
晴人と冬川もようやく頭が再回転し始めたようで、言葉が口から発せられた。その気持ちはよく分かる。俺なんか初めてこの保健室に入ったときに何度目をこすったのか分からない。おかげで、膝に加えて目まで真っ赤になってしまった。
「お、君たち二人は保健室には初めて来るのかな。その後ろの女の子は、あ、以前来たことがあるね。確か秋月さんだよね」
見守先生は人の名前を覚えるのが得意なようだ。俺とは正反対だ。
あのときはお世話になりました、と頭を下げる秋月に、《いいって、いいって》と手を顔の前で振ると、続いて初めての来訪者二人をしげしげと見回す先生。
「特に怪我をしているようには見えないけれど――どこが悪いのかな?」
ハワイに、いや保健室に来たともなれば、どこか体の調子が悪いのかと尋ねられるのが当然だろう。
「いえ、そういうわけではなくてですね。実は人を探していまして――」
ハワイ風保健室の中を見渡すも、本真先生の姿は見当たらない。……保健室に水着姿の生徒がいるというのは、高校としてどうなのだろうか。
「先ほど、本真先生は来ませんでしたか」
晴人は近くにあったハンモックに揺られ、冬川は白を基調とした洋風の椅子に座っていた。
「来たね。ついさっき出ていったけど」
やはり、本真先生だったのか。
「ちなみに、どういった理由で先生はこちらにいらっしゃったんですか」
見守先生は困ったような顔を浮かべた。
「ごめんね。それは教えられないかな。守秘義務ってことで」
横にいた秋月が残念そうな表情を浮かべているのが、顔を見なくても伝わってくる。
「で、でも、ヒントくらいなら教えてもいいかな。本真先生は別に自分が怪我したから保健室に来たわけじゃないよ。別の用事で保健室を訪ねてきたってわけ」
秋月の表情にいたたまれない思いを感じたのか、先生はヒントを出してくれた。
「ありがとうございました」
とにかくある程度の推測なら組み立てられそうだ。
時間がない。あまり好みではないが、ある程度のブラフも必要になってくるかもしれない。
俺はハンモックの上で寝ている晴人を叩き起こして保健室を出た。
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