第57話 夏休みⅩ
十分ほどで会場に到着し、俺たちは有料座席のスペースに椅子を順番に並べていった。
冬川は京都女子の四人とは距離を置いていたし、京都女子もそんな冬川にどう声を掛けたものか迷っている様子だった。
そんな感じで、彼女たちの関係は現状から進展も後退もせずに、会場の設営準備は終了し、花火打ち上げの時刻まで、俺たちは散らばって各々が観客の誘導を行っていた。
俺が無理に手を出そうとする必要はないのかもしれない。冬川も時間が経てば話をしてくれると言っていたし。
いや、そもそも俺が関わる必要なんて全くないんじゃないか。これは冬川と彼女たちの問題だろうし、そもそも彼女たちはこのことを問題とすら感じていないのかもしれない。このボランティア活動が終われば、彼女たちは別々の生活に戻って、互いに関わることもほとんどないだろうし。
そんなグチグチと悩んでいる俺に声が掛けられた。
「春樹、ねえ、春樹」
振り返れば、ひそひそ話でもするように手を口にあてがっている秋月がいた。
「凛が変なんだけど、どうしよう」
凛が変って。その言い方が面白くて、クスリと笑いが漏れてしまう。
「何! 何よ! 私が真剣に話してるのに笑っちゃって」
頬をリンゴ飴のようにした秋月を見て、さらに笑ってしまう。
「い、いや、ごめん。別に真剣に聞いたないってわけじゃないんだ。……確かに、冬川の様子は変だよな、ここに来てから」
俺が話を本筋に戻したことで秋月の怒り(?)も幾分収まったのか、元の話を続けてくれる。
「やっぱり春樹もそう思う? 何なんだろうね。京都女子のメンバーと会ってから、急に調子が悪そうにしてたし……凛から何か聞いてる?」
「……いや、特には」
聞いていないと言えば噓になるが、果たして伝えるべきことなのか。一瞬の迷いの後、俺はそう言った。
その言葉の間に秋月が気づいたのかどうかは俺には推測しかできないが、おそらく俺の雰囲気から何かを隠していることは感じ取ったのだろう。
俺にちらりと視線をよこすと、言葉を紡ぐ。
「もし、凛が困ってるようだったら、助けてあげてね」
その言葉は先ほどまでの俺の迷いに対して、一つの大きな羅針盤となる。
「もちろん、私も全力を尽くすけど……それでも春樹にしかできないこともあると思うんだ。だから――そのときは、凛の力になってあげてね」
すべての向日葵が顔を向けるほどの輝きを放つ笑顔が、俺に向けられる。
そのまぶしい笑顔を直視できず、俺はただ下を向いて頷きを返すしかなかった。
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