モグラ叩き新入社員研修
小さい頃から夢にまで見たモグラ叩き会社に入社。
そして、ドキドキの新入社員研修が始まった。
「よーし、全員集まっとるか?」
濃いめのグラサンをかけた強面の鬼教官モグラの言葉に対し、僕らは「はいっ!」と喉を潰さんばかりの大声で返した。
モグラ界では、工事現場の看板モデルに次ぐエリート職と言われるモグラ叩き業。
狭き門と言われるこの業界に入ることが出来たからには、片時も気を抜くことは許されないんだ……!
「良いかオマエら。叩かれモグラ役を務めるにあたって1番大切なことは何か分かるか?」
うわっ、いきなり質問来たー!
なんだなんだ……あっ、分かった。
頭の硬さだ!
なんてたって、1日中ずっとハンマーで頭を叩かれ続けるんだから、頭が硬くないとやってらんないもんね。
うん、絶対そうに違いない!
「おっ、そこのオマエ。分かったって顔してるな」
「えっ? あっ、はい! 頭の硬さです!!」
「ほう、まあそうだな」
よしっ!
初っ端から他のモグラたちを出し抜いてやったぞ!
「間違ってはいないが当たり前のこと過ぎる。違う意味で頭が硬いな」
教官がニヤニヤしながらそう言うと、新人モグラたちの間からクスクスと笑い声が漏れた。
くぅ~、恥ずかしい~。
穴があったら入りたいよ……モグラだけに。
「いいか良く聞け。モグラ叩き業務で一番大切なのは腰と膝! コシヒザだ! ずっと中腰姿勢で待機し、穴から飛び出す時には思いきり膝を伸ばす。この一連の作業を1日ずっとやり続けなければならないのだ。そのためには強靱なコシヒザ、そしてここ。ここも強く無ければやっていけないぞ!」
と、鬼教官は拳で自らの胸をトントンと叩いた。
「オモチャとは言え、ハンマーで頭を叩かれ続けるのは相当な屈辱だ。そんなハードな業務をこなすには、叩かれることに慣れること……じゃない!! いいか、一番大事なことを言うぞ! どれだけ叩かれても、叩かれたく無いという気持ちを忘れるな! 叩かれても全然平気、なんて言い出したらモグラとして終わりだ! 叩かれたく無いという気持ちが、体を動かす。心を動かす。いいか良く聞け、オマエたちの頭はオマエたちのもの。それを自由に叩ける権利を持つ者などどこにも居ない! 金を支払った客がハンマーを持ち、心を研ぎ澄ませて神経を集中し、モグラとの読み合いに勝った時、初めて頭を叩く事が許されるんだ。叩かれて平気、なんて考えるモグラの頭を叩きたい客なんていると思うか?? そこのオマエ!」
鬼教官が僕を指差した。
「居ません!! 叩かれたく無いと逃げるモグラの頭だからこそ叩きたくなるんです!!」
「その通り! いいぞ、分かってきたな!」
「ありがとうございます!!」
くぅ~、シビれるぅ~!
さすが〈生ける伝説〉と言われる鬼教官。
言葉の1つ1つが重く、心に染み渡る!
僕も含めて、皆の顔つきは一変していた。
お金を稼ぎたいとか、生半可な気持ちで来たモグラもきっと居ただろう。
けど、鬼教官の言葉が全てを変えた。
僕は断言できる。
モグラ叩き研修の期間は1ヶ月。
きっと、誰1匹として逃げ出す者は居ないだろう……!
──1ヶ月後。
「いいかオマエら。いよいよ今日が研修最終日。初日にあれだけワラワラ居た新人モグラたちが、たったこれっぽっちに減ってしまうとはな」
……僕の予想大ハズレ~。
いや、だってもう、研修メチャクチャ厳しすぎなんだもの!
想像してた厳しさのさらに上の上の上って感じなんだから!
新人モグラ2匹1組になって互いを持ち上げながら屈伸100回とか、1日中ずっと頭頂部に滝の水を受け続けるとか……あー、思い出しただけで身の毛がよだつ!
よくまあ、ここまで残ることが出来たもんだって自分でも不思議なくらい。
その一因は鬼教官の厳しくも筋の通った言葉、そして何と言っても、苦しい研修を励まし合って頑張ってきた素敵な仲間たちが居てくれたおかげかな……!
「しかーし! モグラ叩きで一番大切なことは、叩かれても叩かれても穴から飛び出す勇気と根性! 最後まで逃げなかったオマエらは、既にモグラ叩きのエリートと言っても過言では無い!!」
「ありがとうございまーす!! でも教官、一番大切なことはコシヒザだったと記憶してますが!!」
体は小さいが口は達者なチビモグラが、してやったりの顔で言い放つ。
「オマエ!! ……良く言った! モグラ叩きは客とモグラの騙し合い。よくぞ、オレの言葉に騙されなかったな!!」
「ありがとうございまーす!!」
「よし。まあ、ここだけの話、今のは単に間違えてしまっただけだがな!」
鬼教官が真一文字に結ばれていた口元を少し緩ませると、新人モグラたちの間に笑いがこぼれた。
苦しかったこの1ヶ月間。
そこで生まれた絆は、新人モグラ同士だけでは無かった。
「よーし、それじゃいよいよ研修卒業試験を行う。オマエら、心の準備は良いか!」
「はい!」
「イエッサー!」
「ラジャー!」
「オッケー!」
「ウイ!」
「ヤー!」
「アーイ!」
そして僕たちは階段を駆け上り、卒業試験の舞台へと向かった。
そこは、とあるゲームセンターの1階。
その片隅に置かれたモグラ叩きゲームの中へと……!
『モグラ叩きゲームへようこそ~! それじゃ、3、2、1、スタ~ト!!』
有名な声優モグラの可愛いかけ声と共に陽気な音楽が流れ出し、いよいよモグラ叩きの幕が切って落とされた。
客は人間の子供。
穴の向こうに見えるその顔は、少しでも沢山の頭を叩いてやろうと目を輝かせている。
僕ら叩かれ役のモグラたちは中腰の姿勢で待機し、立ったり座ったりを繰り返す。
お尻の下に小さな空気泡が設置されていて、そこからランダムで空気の弾が発射され、それを感じ取ったモグラはすぐに立ち上がらなければならない。
昔は自分のタイミングで立ってたみたいなのだが、それだとどうしてもクセが出て客に攻略されやすくなるということで、この空気泡システムが導入された……と、鬼教官が教えてくれた。
「……イテッ!」
最初の被害者は、一番背の高いデカモグラだった。
「大丈夫??」
小声で聞くと、デカモグラは「う、うん……滝研修に比べたらどうってこと……!」と笑ってみせた。
「そうだよな。あれは本当にキツかった……って、イテッ!」
くぅ~、僕にとって人生初のハンマー攻撃!
ヘルメット越しとは言え、ズシンと頭に来る……でも負けない!
耐えきれず研修から逃げ出しちゃった仲間たちの分まで、僕は最後までやりきる!
陽気な音楽が鳴り終わるその時まで!!
「イテッ!」
「うわっ!」
「ギャッ!」
「ボヘッ!」
「グモッ!」
あれだけ屈伸運動を繰り返して鍛えてきたのに、穴から飛び出す度にみんな頭を叩かれ続けた。
そう……これが本物のステージ。
客と僕らの真剣勝負の場。
向こうは、お金を払った分を精一杯楽しもうとする。
僕らは、お金を貰った分だけ精一杯頑張る。
仕事って、大変なんだなぁ……。
でも、僕は絶対最後まで頑張るぞ!
だって、鬼教官の自宅、もの凄い豪邸だったんだもの……。
昨日、研修頑張ったご褒美ってことで連れて行ってくれたんだけど、言葉が出ないぐらいの豪華な家、そしてとんでもなく美人の奥さん、それを全て、モグラ叩きひとつで稼いだって言うんだもの……。
夢あるわぁ~。
モグラ叩き台の中には、穴からハミ出るぐらいの夢が詰まってるわぁ……と、その時。
「わー! 大変だ大変だ!!」
チビモグラが、中腰姿勢のまま大声で叫び出した。
「えっ? な、なにが起きたの??」
「デブモグラが……デブモグラが穴に挟まって……!」
僕らの中で一番太っちょのデブモグラ。
ヘビーな体重のおかげで最初の頃は屈伸運動がほとんど出来なくて、鬼教官からしょっちゅう怒られていたデブモグラ。
みんな、彼はきっと最後まで残る事はできないんじゃないかって思っていた。
いや、本当に毎日キツそうで、たとえ逃げても誰も責めることなんて出来ないぐらいだったのに、もの凄い精神力でコシヒザを鍛え続けて、みんなの予想を裏切ってちゃんとここまでやってきたデブモグラが……。
「うわっ! は、挟まってる!?」
なんと、穴から頭を出したデブモグラの体が穴のサイズにピッタリフィット。
立ち上がったまま、しゃがむことが出来なくなっちゃってる!!
「デブモグラ、しゃがめ! しゃがめ!!」
一番背の高いデカモグラが叫んでも、デブモグラは全然戻ってこない。
「えーん、デブっち~。お願いだからしゃがんでよ~!!」
一番痩せてるヤセモグラが泣き出してしまった。
それでも、空気泡がお尻に当たる度に立ち続けるのは一人前になった証。
「やべぇぞ! この客、全く容赦しないでずっとデブモグラの頭叩き続けてる!! 鬼か! あんた鬼か! 無慈悲か!!」
チビモグラが穴の外に向かって叫び続けるが、その嘆きは陽気な音楽にかき消されるだけ。
こんな時、どうすれば良いんだ……僕は顔を右に左に振って鬼教官の姿を探した。
しかし、どこにも見当たらない。
当然だ……ここは、僕たちに用意されたステージ。
これからプロとしてやっていく以上、何かあっても自分達だけで解決しなければならない。
いつまでも、鬼教官に頼ることが出来ると思ったら大間違いなんだ……あっ、そうだ!
「みんな! 引っ張ろう! 力を合わせて引っ張って、デブモグラを取り返そう!!」
「えっ? で、でも、そんなことしたら鬼教官に怒られて──」
「そんなこと言ってる場合じゃ無いでしょ! このまま叩かれ続けたら、デブモグラ死んじゃうよ! 死んだら仕事も何もなくなっちゃうんだから!! 鬼教官に怒られるのはもう慣れっこだけど、仲間が死ぬのは耐えられない!!」
「そ、そうだよな!」
「うん、わかった!!」
僕らは少しの間だけ持ち場を離れて、一斉にデブモグラの体を掴んだ。
「せーの……えいっ!」
スポンッ!
「や、やった……!」
「デブモグラ、だ、大丈夫……??」
みんなの力で穴から引っぱり落とすことに成功し、デブモグラは下に戻ってきた。
が、しかし。
デブモグラは仰向けになったままピクリとも動かない。
そして、陽気な音楽が終了し、穴の向こうから「わーいわーい!」と喜ぶ子供の声が聞こえてきた。
「もしかして死ん──」
「おい! ヘンなこと言うなよ!! デブモグラが死ぬわけ……死ぬわけ……ううう」
最初に泣き出したのは、いつも強気なチビモグラ。
その涙は、あっという間に僕ら全員に感染していった。
穴から光が射し込むだけの薄暗い空間に、わんわんと泣く声だけが響き続けた。
……と、その時。
「おい、どうした? 一体なにが起きたんだ!?」
誰も戻ってこないことに異変を感じたのか、鬼教官が慌てた顔して飛び込んで来た。
「デブが……デブモグラが……ううう」
「まさか……おい、デブモグラ! しっかりしろ! 目を覚ませ!!」
事態を飲み込んだ鬼教官が必死に声をかけ続けるが、デブモグラは全く……ん?
「う……ううう……」
「あっ、喋った! ねえ、いま喋ったよね!?」
「あ、ああ、大丈夫。生きてる、デブモグラは生きてるぞ!!」
「やったー!! ……イテッ!」
「やったー!! ……イテッ!」
みんな、喜びのあまりガッツポーズして、天井に手をぶつけて痛がった。
「へへっ、オレはちゃんと穴に向かってガッツポーズしたぜ!
と、チビモグラにいつもの調子が戻ってきた。
「や……やき……」
「おい、みんな静かに! デブモグラが何か言おうとしてるぞ」
鬼教官の言葉に従い、みんなピタッと黙った。
シーンと静まりかえった穴の下。
そして、デブモグラの口が動いた。
「や……やき……焼き芋食べたい……へへっ」
「……バ、バカヤロウ!! 何を言うかと思ったら全く! 罰として、このあと屈伸300回だ!」
「え、ええ!? こんなに頭叩かれて頑張ったのに……鬼だ……本当の鬼だ……うへえ」
デブモグラがそう言うと、みんなドッと笑い出した。
でも、ホント無事で良かった。
僕は涙の跡を手で拭いながら、チラッと鬼教官の顔を見てみた。
すると、サングラスの向こう側が一瞬キラッと光ったような気がした。
……うん。
これから死ぬほど頑張って、僕もいつか鬼教官みたいになるぞ!
そして、もの凄い豪邸と美女モグラの奥さんを……フフフ。
〈了〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます