3084の瞳
教室の戸を開けたら、そこには……1542個の机が並んでいた。
学校制度の構造上の問題やモンスターペアレントなどによる教師の物理的・精神的な負担増により、教師を辞める人、教師を目指す人が激減。
すると、現役教師1人1人の重荷が増え、さらに減るという負のスパイラルにより、国全体における教師の数が加速度的に減り続けた結果、反比例して先生1人が受け持つ生徒の数は劇的に増え続けた。
少子化により学校自体は統廃合が進んでいた事が、逆に1つの学校に生徒が集中する結果となり、マンモス校化が進み、ついに1クラス1500人を突破。
その人数を収容するために教室は体育館よりも一回り大きいほどのビッグサイズに。
全員の机を後ろに下げても十分なスペースを確保できるため、体育の時間も自分達の教室で済ませるようになった。
1500人が並んで座る教室の壮観さたるや。
教卓に立つ教師は、まるでコンサート会場の舞台に立つボーカリストのよう。
「あ、ああ」
インカムの調子を確かめて、出欠をとる。
「オッケー。じゃあ、相川」
「はい」
「相葉」
「はい」
「青島」
「はーい」
「青田」
「はい」
──そして2時間後。
「渡辺……彰」
「はい」
「渡辺……早希」
「はい」
「渡辺……達也」
「はい」
「渡……辺……美和」
「はい」
ようやく、出欠確認終了。
欠席は51人。まぁ、いつもどおりって所だ。
ポケットからティッシュを取って「ペッ」と血を吐き出す。
おっ、今日はそんなに切れてないな。
と、喉の調子の良さに安堵する。
どこぞの機関の統計によると、教師の死因第一位は咽喉癌らしい。
そんな滅入るデータの事は頭の中から吹き飛ばし、仕事を進める。
「さあ、今日は全校朝礼あるぞ。全員、体育館に移動!」
号令と共に、生徒が席を立つ。
と言っても、動くのは最前列と最後列付近の生徒だけで、真ん中辺りの生徒達は微動だにしない。
なぜなら、教室基準法とやらのせいで、こんなに巨大な部屋にもかかわらず、扉は相変わらず前後2つしか設置されていないのだ。
30分が経過し、ようやくど真ん中の列に座っている生徒達が立ち上がる。
その様子はまるでアンコール曲が終わり、明かりが付いて終了のアナウンスが流れた後のライブ会場から出る客達のよう。
出入り口付近は動きが停滞し、以前の学校と同じサイズで設計された廊下は人数の多さに耐えきれず、体育館まで生徒達の列でぎっしぎしで進みの遅さったら無い。
しかも、全校生徒参加の朝礼なので他のクラスの生徒達も合流するとなると、重めの便秘に悩まされる女性の腸内よろしく、かっちかちだ。
そんなこんなで1時間後、ようやく全校朝礼が始まり、校長先生の話など巻き気味で進み、解散となるが、当然のことながら帰りだからってスムーズに行くわけでは無く、またもや1時間かかってようやく全生徒が教室に戻った。
そんなこんなでもうお昼。
さすがに給食は物理的に不可能なので、弁当制を採用しているため、ここは以前の学校とさほど時間に変わりはない。
そして、5時間目にあたる時刻となり、ようやく本日最初の授業が行われる。
つまりこれが1時間目、そして次の2時間目を終えると終業。
なぜなら、下校のために必要なあの"民族大移動"の時間を鑑みる必要があるからだ。
どう頑張っても、1日の授業は2時間分しかできない。
当然、土曜日休みなんてとっくに廃止されたが、それでも必要な教育を行うためには以前と比べてほぼ2.5倍の時間がかかってしまう。
すなわち、現在では小学校15年、中学校8年、高校7年の《15・8・7制》となり、10年生の大学に行った場合、就職する頃にはもう40代半ば。
その分、定年となる年齢もグッと引き上げられた。
私は、今年で95歳。
仕事が安定してきた55の時に、まだ中学生だった彼女と結婚し、生まれた長男はまだ大学生。
まだまだ、現役バリバリで教師を続けております。
〈了〉
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