食べる読書派、急増中

 始まりは、とある速読研究家の一言だった。


「究極の速読は、本を食べる事である」


 それを聞いた誰もが「そんなまさか」と言って笑い飛ばした。

 あまりに荒唐無稽すぎて、批判的な声すら上がらない始末。

 結局、1人の目立ちたがり屋が大ぼらを吹いたということで沈静化して行く……かに思われたが、とあるテレビ局がその話題に乗っかり、当の速読研究家を招いて検証実験を行った番組が放送されてから一気に風向きが変わった。

 

『いま巷で話題! 本を食べる事でその内容を脳にインプットできるってホント!? 発案者自身による実証実験生放送スペシャル!』


 そんな謳い文句で放送された番組は、視聴率的には静かな立ち上がりとなった。

 実験内容は極めて単純で、番組が無作為に用意したいくつかの本を発案者の速読研究家が食べて、本当に中身を理解出来ているのかどうかを質問して確認するというもの。

 まず、人間がムシャムシャと本を食べる光景が衝撃的で、カメラの前で食べ始めた途端にSNS上では瞬く間にその話題がひしめき合い、この段階で視聴率はグングン上昇していった。

 そして、本食後に司会者からの本の内容に関する質問に対し、ズバズバと正解を答えていくのだが、それに関して視聴者の反応は


「どうせヤラセだろ」

「予め打ち合わせしていただけ」


 と、冷ややかなものだった。

 ただ、その反応は番組側も想定内だったようで、ちゃんと二の矢を用意していた。

 それは、最近大食いとおバカという2つのキャラを押し出し、テレビ各局で引っ張りだこになっていた大人気アイドルに六法全書を食べさせた後、その内容について質問するというもの。

 しかも、質問するのは司会者ではなく、テレビの前の視聴者。

 <#ホンタベ>というタグが付けられた質問をSNSに投稿してもらい、そこから無作為に抽出したものをアイドルが次々に答えるという方式だったのだが、一字一句違わず答える様子に誰もが驚いた。

 巧みにSNSを絡めたこと、そして荒唐無稽な速読法が真実であった事が実証されるという衝撃的な内容により、その番組は驚異的な視聴率を記録した。 

 なお、六法全書を食べる事ですべて覚えられるなら、誰でも簡単に司法試験に合格してしまうのでは……という視聴者からの質問に対し、


「確かに、食べる事で一旦脳の中に本の内容が入りますが、その情報を持続的に記憶できるかどうかはまた別の問題です。ただ、本を普通に1ページ1ページ読んだ時と、食べて読む時での違いはほとんどありません。一瞬で食べたとしても、あなたはその本を確かに読んでいるのです」


 と、研究家が答えて締めたところで番組は終わった。


 放送後、人々はこぞって本を食べた。

 そして、本当にその本の内容が頭に入っていることに驚きと喜びを感じた。

 さらに、読書時間の大幅な短縮は読書人口を増やすことに繋がった。

 つまり、仕事や他の趣味が忙しくてなかなか本が読めなかった人、そもそも本を読む行為が苦手で本を読まなかった人などが、食べるだけで本が読めるなら……というわけだ。

 

 こうして"食べる読書"は日本中いや世界中へと瞬く間に広がっていった。

それにより大きな恩恵を受けたのが印刷業界である。

 電子書籍の波に押され、紙の本は近い将来絶滅するのではと囁かれるほどだったのだが、ところがどっこい。

 単行本、雑誌、コミックス、参考書などあらゆる紙の本の発行部数が急増した。

 答えは簡単。電子書籍は食べる事ができないから、である。

 また、意外な業界にスポットライトが当てられた。そう、調味料である。

 本は生で食べる事ができ、それはそれで紙とインク本来の味を楽しめるのだが、何冊も食べているとどうしても飽きてくる。

 そこで、各調味料メーカーはこぞって本を美味しく食べる商品の開発・販売を急ピッチで進めた。

 定番の<サラダ感覚で食べられる本専用ドレッシング>や<本を美味しく食べるラー油>、ヘルシーさを売りにした<オリーブオイルforブック>など、数え切れない程の商品が販売されたにも関わらず、いずれも大人気で常に品切れ状態。

 また、レシピ投稿サイトは本を使ったオリジナル料理のレシピで溢れかえった。

 画期的な読書革命は、どんな経済政策よりも迅速かつ効果的に国の景気を向上させた。

 

 

 それから半年後。ここは、とある町の小さな書店。


「あっ、万引き! こらっ、まて少年!」


 店主の声が響き渡り、店内に居た他の客たちは一斉にその声の先に視線を送った。

 中学生と思しき少年はもちろん素直に立ち止まるなんてこともなく、少し高価な参考書を右手で抱えながら店の外へと逃げ去った。

 店主はその背中を追いかけようとはせず、「ったく、しょうがないなぁ」とボヤキながらも、その顔に怒りの色は見えなかった。

 客たちも、すぐに読みたい本若しくは美味しそうな本選びへと戻っていった。


 かつて、この個人経営の小さな書店は閉店間際まで追い込まれていた。

 その理由は、下げ止まることのない売り上げの減少。

 それが、奇跡のV字回復を遂げるきっかけとなったのが他でもない、あの検証番組である。

 食べて本を読めるようになり1冊の読書時間が劇的に短縮し、国民1人あたりの書籍購入数が大幅に増加し、必然的に全国の書店は軒並み売り上げを伸ばした。

 さらに、購入者のほとんどが本を食べる前提で購入するため、店頭に置かれた本は不特定多数の人間が触れて不衛生ということで、レジに持っていった本をそのまま買う方式を廃止。

 代わって、レジの時点で店員が店の奥から綺麗にパックされた本を持ってくるシステムが主流となり、万引きが激減したことで利益率も大きく上がっていた。

 売り上げが減っているのに万引きが増えていた時代を考えれば、こうしてたまにお金のない少年なんかが万引きすることがあっても、目くじらを立てることなど無いというわけだ。 

 

 そして店主は、レジに戻ると正面の壁掛け時計を見た。


「もう2時か。あっ、田中君。ちょっとレジお願いねー」


 と、品出しをしていた店員に声をかけると、店の奥にある事務室へと向かった。

 温かいお茶を注いだマグカップを持って自分の席に座ると、デスクの引き出しから"昼食"を取り出す。


「うん、美味しいねぇ、むしゃむしゃ」


 お気に入りのソースがかかったその本の表紙には『書店経営者必見! チェーン展開のいろは教えます』と書かれていた。


 

〈了〉

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