壁ドン30周年記念パーティー

「この度は、壁ドン30周年記念パーティーにお集まり頂き誠にありがとうございます。ではまず始めに、この世で初めて壁ドンをしたと言われている、初めてドンさんにご挨拶を頂きたく思います。なお、今回のパーティーでは、諸事情によりニックネームを使わせて頂く事を予めご容赦下さい。では、初めてドンさんステージへどうぞ」


 司会の女性に促され、高価なスーツを着た初めてドンさんがワイングラス片手にステージへ上がる。

 ドンッ。


「えー、ご紹介にあずかった初めてドンです。いやぁ、まさか自分がこの世で初めて壁ドンした人間だとは、全くもってそのような自覚はありませんでした──」


 ドンッ。


「……それは30年前の夏。当時、高校2年生だった私には、密かに思いを寄せる女の子がいましてね。同じクラスにも関わらず、恥ずかしながら意識しすぎてろくに話も出来なかったんです。そんなある日、休み時間にブラブラ散歩していた私の耳に、突然悲鳴が飛び込んできました。何事かと、声のする方へ向かってみると──」


 ドンッ。


「えっと……声がする方へ向かってみると、体育館の中でした。そこには例の女の子と、上級生の女子3、4人が向かい合って立ってたんです。クラスメイトの女子の目には涙が浮かんでるように見えて、対する上級生の方は挑発的な顔つき。それで直感的にわかりました、ああイジメの現場に出くわしたな、と。とは言え、どうすれば良いのかすぐに判断することは難し──」


 ドンッドンッ。


「……難しかったんですが、とにかく『何してるんですか!?』と言いました。そうしたら、上級生の方は舌打ちなどしながら、憮然とした表情で黙って体育館を出て行きました。そして、私が思いを寄せる女の子も、気まずかったんでしょう。うつむきながら、私に背中を向けるように静かに出口の方へと向かって行ったんです。私は、彼女をこのまま黙って行かせてはいけないと、なぜか無性にそう思ったんです。そして、条件反射的に彼女の元へ駆け寄って──」


 ドンッドンッドンッ。


「……えっと、駆け寄っていきました。そして、彼女が体育館を出てすぐの廊下に差し掛かったあたりで、私は彼女の真横に立ち『何があったんだよ』と声をかけました。すると彼女は小さな声で『なにも無いよ……』と返して来たんです。何も無いわけないんです、あんな状況で。しかも、空気の重さから考えるに、きっと長いこと彼女は苦しんできたはずなんです。それでも、まだ黙って私から離れようと歩き出す彼女の目の前に──」


 ドンッドンッドドンッドンッ。


「……えっと、ああ、彼女の目の前に右腕を突き出し、壁に向かってドンッとしました。まあ、いわゆる壁ドンってやつですな。そして、こう言いました。『あんなの見ちゃって、放っておけないよ! オレが力になるから、何があったか教えてくれよ!』とね」


 列席者から「ヒュー、ヒュー」と声が飛ぶ。


「いやいや、お恥ずかしい。若気の至りってやつですな。そして、彼女は泣いて抱きついてきたんです。いやぁビックリしましたよ。まあ、ずっと怖い思いや淋しい思いを1人で抱えていたんでしょう。それから、2人で屋上に行き──」


 ドンッドンッドンッ。


「……お、屋上に行き、沢山話をしました。彼女、自分では言いませんでしたが、話を聞く限り、どうやら上級生の女子たちは彼女の綺麗な顔立ちに嫉妬して──」


 ドンッドンッドドンッドドンッドドドンッ。


「……し、嫉妬していたようで──」


 ドドドドドンッドドドドンッドッドンッ。


「……嫉妬していたみたいですね。で、それから──」


 ドンッドンッドンッ。


「……そ、それからなんだかんだあった挙げ句、私たちは付き合うことになり──」


 ドンッドンッ。


「……24の彼女の誕生日に入籍して──」


 ドンッ。


「2人の子供にも恵まれて──」


 ドンッ。


「今でも」


 ドンッ。


「家族4人で」


 ドンッ。


「幸せに──」


 ドンッドンッドドドドンッドドンッドッドドドドドンッ。


「……えっと、激しくなってきましたね」


 苦笑いする初めてドン氏。


「どうぞ、初めてドンさん気にせず続けてください。あっ、そうそう、今日はこの会場に、奥様の初めてドンされ子さんもお越し頂いてるとか?」


 司会の女性がフォローする。


「そ、そうです。えっと、ああ、いたいた。その紫のドレスの」


 と、初めてドン氏が指差す先に居た上品な女性が、恥ずかしそうに会釈する。

 ドンッ。


「まあ、お話の中でもあった通りとてもお綺麗ですね~」

「それは、どうも。いやぁ、でもあの壁ドンが無ければ──」


 ドンッドンッドドドドンッドドンッドッドドドドドンッ。


「一緒になることもなかったかも知れないと思うと──」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドンッ。


「まさに壁ドン様々で……」


 ドンッドンッドンッドンッドドドンッドドドドドンッドンッドドンッ。


 と、隣のホールで行われている『元祖壁ドン120周年記念パーティー』の会場から、当てつけの如き〈壁ドン〉の嵐を受けながら、壁ドン30周年記念パーティーは続けられた。「初めてドンさん、ご挨拶ありがとうございました。では、次はお楽しみの『壁ドンしたのは誰でしょね』のコーナー! これは、目隠しした女性の前で5人の男性に壁ドンして頂き……」

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