気にしすぎ刑事

「この死体が発見されたのは午後9時過ぎ。発見者はこの雑居ビルを見回り中だった警備員の男で、すぐに警察に……って、聞いてます?」


 女刑事楠田若菜は、何かに気を取られてソワソワしている先輩の檜山刑事にイラッとした。  

 

「もう、ちゃんと話を聞いてください」

「いやぁ、それどころじゃないって。大丈夫かなぁ……大丈夫かなぁ……ねぇ、楠田、大丈夫かな?」

「はい? 何がですか??」

「何がじゃないよ。カレーだよカレー。昨日の夜ご飯に作ったカレーなんだけど、余って一晩置いたのを今朝温めて食べたんだよ。あっ、いまケチとか思ったでしょ? ねぇ、思ったでしょ? でも、カレーってそういうモノと違う? ねぇ、違う?」

「そういうモノですよ! って、何の話してるんですか!!」


 呆れ顔で怒鳴る若菜。


「ああ、ごめんごめん。話が逸れた。えっと、そうそう。今朝温めたカレーなんだけど、ちゃんと火を消してきたのかなって。ほら、強火にしちゃうとすぐに焦げちゃうじゃない? だから、炎が見えるか見えないかぐらいのとろ火にするじゃない。いや、ガス代ケチってるとか思ったかもしれないけど、そういうんじゃないんで。むしろ、強火でガッと一気に温めた方が結果ガス代浮くんじゃ無いかって思ったりしなくもないしね。ねぇ、楠田はどう思う? とろ火と強火、どっちかガス代高いと思う派??」

「そうですね、間を取って中火派……って、なんですこの話??」

「ああ、ごめんごめん。話が逸れた。えっと、そうそう。ご飯にカレーをかけた時にちゃんと火を消したと思ってるわけね、ボク的には。一方で、消したつもりだけど本当は消してないんじゃ無いかっていう自分もいるわけ。ほら、とろ火だから付いてるか付いてないかパッと見わかりづらかったりするじゃない? そう考えるといよいよどっちも五分五分っていうか。付いてると言えば付いてそうな気もするし、消したと言えば消したような気もするし……。いやもうボクって根がマイナス思考な人じゃない? どっちかって言うと付けっぱなしで家を出てきちゃったんじゃないかって思いが日増しに強くなってるわけで……。でも、時にプラス思考な時もあるじゃない? そんな時は、ちゃんと消したような希望も顔を覗かせるっていうか……」

「いいですよもうカレーの話は!! 大体、そういう時って消してますから。本当に心から消してないと思った時は、迷わず家に帰ってるもんですよ」


 若菜はズバッと言い切った。


「そ、そうかな? あ、なんか安心感出てきた感じするぅ。ありがとう楠田」

「はいはい、どうも。それより、この死体どう思います? 自殺ですか? それとも事件性あり?」

「ああ、血だらけだねぇこれ。って、血、出過ぎじゃない? こんなに血って出るかな? っていうか、本当に血かなこれ? ちょっと濃くない? 血ってもっと鮮やかだったじゃない? っていうか、このおしゃれなラグマット高そうじゃない? こんなに血が付いちゃって……って、意外と悪くなくない? ベージュのマットに血の赤がいいコンストラストを生んじゃってない……ってこれ聞かれたらやばくない? 不謹慎発言で謹慎になったりしちゃわない? 楠田はこういうのチクる派? チクらない派? 中学生ぐらいの時にみんな教室でわいわいやっててはしゃぎ過ぎたヤツが窓ガラス割って飛んでやってきた怖い体育教師がやってきたときにもし犯人知っててもチクらない派だった? それともチクる派だった?」

「そりゃ刑事になってるぐらいだから正義感が勝ってチクる派……と、思いきや、昔は引っ込み思案だったからなるべく目立ちたくない思いからそっと胸の中にしまい込む派だったんです……って何の話ですこれ!?」

「うん、しまい込む派で良かったぁ~。ってまぁ、これは他殺で間違い無いだろうね」

「えっ? 根拠は?」

「うん。例えば、これを自殺と判断するじゃない? それでもし本当は他殺だったとしたら、それはもう大騒ぎになるじゃない? 本当は他殺だった事が明らかにならなかったらならなかったで、どっかで犯人がほくそ笑むことになるじゃない? 少なくとも他殺として扱えば、犯人がのんきに家でカレー食べたりすることもできなくなるし……ってウチ大丈夫か──」


 と、檜山が言いかけたその時。

 タッタッタと廊下を走る足音。

 そして、部屋に飛び込んできた警察官が、


「犯人、見つかりました!! 第一発見者の警備員です! 誰も居なくなったこの会社の金庫を物色しているのを見つかって思わず刺したとのことです!」


 と、興奮気味に叫んだ。


「……だってさ」


 満面のドヤ顔を見せる檜山。


「いや、別に先輩が何かしたってわけじゃ……」

「ふふふ。ボクは他殺で間違い無いだろうね、と言った。それだけで……十分じゃないかな?」


 と、決めゼリフを決めた風に目をキリッとさせた檜山巡査だったが……。


「あれ、十分じゃないの? ほら、十分じゃ無いって顔してるもん楠田。なに、じゃあ犯人がどんなヤツかズバリ言っておいた方が良かったって? そりゃもう、もちろんわかってたけど証拠が固まらない段階でそういうの断定するのってよくなくない? お母さんがジャガイモとタマネギとニンジンを鍋で炒めだしたからてっきりカレーだと思ってわくわくしてたら実はシチューだったりしたらがっかりするじゃない? いや別にシチューが悪いとか言ってるわけじゃなくて、やっぱりカレーの存在って別格じゃないって話であって……」

 

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