カラフルレシート

 ボクは、夕飯に作る予定であるカレーの材料と、なくなりかけてる調味料やらおやつやらを買ってレジへと向かった。

 すると、どの列も10人ぐらい並んでいる。

 

 まあ、日曜夕方のスーパーなんて大体こんなもんだろうと納得しつつも、無意識に一番進みが早そうな列を探りながら、2番レジの最後尾に並んだ。

 隣の列の方が進みが早いような気がしたり、自分の列の一番前の客が支払いで小銭を細かく出そうとしてまごついてる様子にイラッとしたりしていると、気になる声が聞こえてきた。

 

「おめでとうございます! ブルーレシートが出ました!」

 

 4番レジの店員が大声で叫ぶと、他のレジの店員が拍手したりしてる。

 なんだそれは、と疑問を抱きながら店内を見回すと<第3日曜日恒例カラフルレシート開催中!>と書かれた貼り紙の存在に気がついた。

 ああ、買い物して色つきのレシートが出たらキャッシュバックとかそんなのか……と、思いきや少し趣が違うようだった。

 

『ハイ、4番レジのお客様ぁ、ブルーレシート、ブルーレシートおめでとうございまぁす。試食食べ放題権ゲットでぇす。あ~、美味しそうな匂いにそそられて食べたくてもぉ、あ~、強引な営業トークが怖くて試食を避けてしまう弱気な心とも今日だけはお別れでぇす。今日だけはぁ、あ~、今日だけはぁ、好きなだけ試食をお楽しみいただけまぁす!』

 

 わざわざこの日のためにプロでも雇ったのか、やたら軽妙でクセの強いアナウンスが流れた。

 当の4番レジのお客様は家族連れで、試食食べ放題権ゲットに大喜びの様子。

 そして、手を止めていたレジの店員たちが仕事を再開させると、行列はまた前へ前へと流れ始めた。

 

「あっ、白か~」

「ハズレた~」

 

 と、さっきの件で今回の企画が一気に周知されたのか、客たちの残念がる声が聞こえてくる。

 すると次の瞬間、

 

「おめでとうございます! ピンクレシートが出ました!」

 

 1番レジの店員が叫び声。からの、他のレジの店員による拍手。

 

『ハイ、1番レジのお客さまぁ、ピンクレシート、ピンクレシートおめでとうございまぁす。レジ店員のキスゲットでぇす。ハイ、おでこ、ほっぺた、唇どこでもOK、さぁどこにしますかぁ、あ~、どこを所望されますか~?』

 

 例の軽妙なアナウンス。

 ……って、キスだと?

 ボクは意外すぎるピンクレシートの賞品に驚きつつ、1番レジの方に目をやった。

 当選した客は、30代ぐらいの男だった。

 そして、彼の手にはマイクが握られていて、店内中から熱い視線を浴びている。

 

「じゃ、じゃあ、く……ほっぺたで」

 

 と、彼が言うと、肝っ玉母さんといった見た目の1番レジの女性店員がはにかみながら、レジ台から身を乗り出して彼のほっぺたに優しくキスした。

 どこからともなくヒューヒュー声が飛び交う。

 そして、手を止めていたレジの店員たちが仕事を再開させると、行列はまた前へ前へと流れ始めた。

 あの人、唇って言いかけてたよな……などと思いながら、ボクは何気なく自分のレジの店員を確認した。

 

「な、なんてこった……」

 

 思わず声をこぼしてしまうほど、メチャ美少女店員だった。

 それはもう、思わず声をこぼしてしまうほど。

 ピンクこい、ピンクこい、ピンクこい……。

 薄気味悪いほど心の中で念じていると、ついに自分の番がやってきた。

 

「福神漬けが1点、ジャガイモが3点、タマネギが3点……」

 

 と、ボクのためにレジ打ちをしてくれる店員の顔は至近距離で見るとさらに可愛さが溢れていて、心の中で『君の魅力が100点……』と囁いていた。

 

「──お会計1857円になります」

 

 来た。運命の時が。

 ボクは拳を強く握りしめながら、レシートが出てくる所を凝視した。     

ジジ、ジジジジ……と機械音を響かせながら、ゆっくりと出てくるレシート。

 その色はピンク……ではなく、真っ黒。

 

「おめでとうございます! ブラックレシートが出ました!」

 

 美少女店員が叫ぶ。そして他のレジ店員の拍手。

 

『出ました、出ちゃいました! ブラックレシートつまりバトルチャァァァンス!! 2番レジのお客様は、本日お買い上げ頂いた商品の中から1つを武器としてお選び頂き、武装した当店店長と戦っていただいて、勝つ事ができたら全額キャッシュバック! キャッシュバァァァァック!! ただし、店長は惣菜コーナー自慢の熱々メンチによる遠距離攻撃と、野菜コーナー自慢の新鮮極太長ネギによる近距離攻撃を兼ね備えており……』

 

 ノリノリのアナウンスに、周囲から浴びせられる視線。

 

「頑張ってください!!」

 

 美少女店員が両手の拳を握って応援してくれるが、もしもピンクレシートが出ていたら……と、自分の運の無さに気持ちが沈んだ。

 しかし、ボクに肩を落としている暇など無かった。

 顔を上げると、やる気満々な店長がすぐそこに立っていた。

 右手に持った熱々メンチを、まるでボールのように軽く投げては取って、軽く投げては取ってを繰り返し、ベルトに挟んだ新鮮極太長ネギはまるで日本刀のように見えた。

 ……こうなったらやるしかない。

 ボクは全額キャッシュバックを勝ち取るため、買い物カゴからカレールーを選び、箱から中身を取り出して右手の平ですりつぶした。

 そして、店長の両目をめがけて走り出す……!  



〈了〉

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