102話「唯一の可能性」

「……ここは十何年か前に作られた所だ」

 沈黙を破ったのは冬城の声だった。梓の雑談に応じた様子だ。


「……!」

 意識が混濁している梓だが、冬城がようやく話し始めた。ここは堪えないといけないと、目を見開き、体にも力を入れる。力を入れたことで、銃弾が当たった場所の痛みは僅かに増したが、それよりも重要な事は、冬城の話を聞くことだ。


「この蔵は古い小屋だから、出来る限りそのままにして増築しようとした結果、地下に蔵を増築しようということになったんだそうだ、だが、蔵を増築させたまでは良かったが、その後、すぐに離れが出来た。結果、蔵の中に入るのは億劫になって、離れに物を置くようになったんだ」


「……物を増やさない人だったんですね」

「そうだな……骨董品や美術品の類にも、それほど執着は無かったから、増築したはいいが使わなかったというのが自然な流れかもしれないな」

「蔵を頻繁に使わないのなら、地下に行くことなんて、本当に稀ですねぇ……。間借りするには好都合だったわけですね」

「……ああ。この部屋はいい。人は誰も来ないし、何より静かだ。趣味に没頭できるよ、この部屋を使ってよくなってからは、殆どこの部屋に入り浸ってる。他の所は用を足すための作業場でしかない」

「この部屋は喧嘩じゃなくて、呪いの方の趣味のためにある部屋……ということですね」

「ああ……不良の方は親に対する反抗心だ。子供は何でも親のいう事を聞くもんだ。そんな決めつけが、目に見えて分かるんだよ、あいつらは。だからむしゃくしゃする。たまに、ここで何をするかも聞いてくるから、それも面倒なんだ。……ま、そこは仕方がないんだがな。人には言えない趣味をする以上はな」

「……」

「髪を染めて、高校で喧嘩でもしてれば、それだけで私が反抗してるって分かるだろ? 不良はそれで充分。意思表示のための行動は最低限でいい。私は……呪いの魅力に取りつかれてる。それは自分でも分かるんだ。ずっと昔、中学校の時……いや、小学校の時から興味は持っていたかもしれないな。色々な呪いを試してみてた。あの時は、呪いの九割がたは失敗に終わってたな。でも、残りの一割は……成功した。ちゃんと効果が目に見えて分かったんだ。こんな刺激的なことがあったのかって、呪いが成功する度に、そう思った」


「呪いの魅力……気持ちは分かるですよ。私はそれを取り除く側の人間ですから、その魅力に、あまりどっぷりと浸かるわけにもいかないですけど……時に、自分の敵を知るためには、試してみないといけないこともあります」

「……やったことはあるのか」

「ええ。他人に害を及ぼさない範囲でですけど」

「……そっち側の人生も、なかなか刺激的そうなんだな」

「おかげさまで、今もとっても刺激的ですよ。刺激的過ぎて痛いです」

 梓が、銃弾を受けた脇腹を見る。血は止まっていない。巫女服が吸収できなくなった分の血が、床に垂れていっている。

「……そっち側に行けば、こんなことにはならなかっただろうな」

「ええ……今からでも、こっち側にこれるかもですよ。呪いの怖さを知った人間は、重宝するでしょう」

「冗談……私はもう、こっち側の人間だよ。そっちには行けない。更に知識を付けたら、もっと人を殺したくなっちまう」

「……」


「ずっと、人を呪い殺したくてたまらなかった。最初はごくごく簡単なものだった。夜通し呪って、ようやく相手が少し気分を悪くする。そんな無駄な部分だらけの呪いだった。でも、呪いについての知識が蓄えられる度に、それはどんどん実用的になっていくんだ。手を怪我させたり足を怪我させたり、口をきけなくも、耳を聞こえなくさせることもできた。……もちろん、それも生け贄やら準備やらの労力に見合うものじゃなかっただろうが……でも、達成感はあったよ」

 そう言い終わった後の冬城の顔が、更に影を帯びてきた。梓はそれを直感した。そして、冬城は話し続ける。


「でも、人を呪い殺す呪いを使ってみたいって願望は、常にあった。だって、呪いとしての到達点というか、完成型だろ」

「人を殺す。確かに、呪いの作用としては究極的ですね。呪いって基本的に、自分に利益を呼び込むものではなく、人に不利益を与えるものですからね」

 人を殺す呪いが至上だという冬城の考え方。それ自体が冬城の呪いに関しての知識と熟練度を示すものだと、梓は警戒心を強めた。冬城は呪術師としては一級品かもしれない。

「ああ、そうだ。だから……」

「今回の殺人事件ですか……」

「ああ。きっかけは、図書館にある本だった。図書館も穴場だからな。たまにどこにも載ってないような呪いがある。あの時も、そんな呪いが無いかと思いながら、図書館で本を探してた」

「図書館……ですか……」

 梓の眉が、僅かにひそんだ。あれだけ図書館を探したのに見つからなかったのに、どうやら冬城は図書館から入手した本から、この呪いの情報を得たようだ。

 私も杏香さんも、複数の図書館を探していたはずだ。それでも見つからなかったという事は、よほど珍しい本だったということなのだろうか。それとも、呪いとは全く違う事が書かれた本なのか……冬城が借りている図書館がどこだかは分からないが、冬城が借りている本の他にも、同じ本がどこかの図書館から見つかってもいいはずだ。梓はそう思って、その事を聞こうと口を開きかけたが、思いとどまった。

 今は呪いの証拠の事を聞いている時ではない。既に呪いを使った犯人が目の前に居るのだから、それよりも優先すべきことは、沢山ある。


「すると……無造作に、本棚に並べられた本の上に置かれていた本に目が留まった。私はその時に直感したんだ。一目惚れにも近いかもしれないな。この本に私が望んでいる呪いがあると、何故かそう直感した」

「……」

 そう、こうして冬城自身の言葉を聞くこと。それが事件の解決に繋がる、最適な方法だ。そして、梓自身も冬城も、後ろに居る駿一や瑞輝にとっても一番良い結果を導くことが出来る唯一の方法なのだ。

 梓の体に力が入り、傷がずきりと痛む。私はこの唯一の可能性を消さないことができるのだろうか。

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