84話「切り裂き老婆」

「うーん……これだけの資料を見ても、やっぱりジュブ=ニグラスの呪いが濃厚みたいね」

「そうですね。羊の殺し歌は、このジュブ=ニグラスの呪いと比べても、やっぱり条件がぬる過ぎますしね」

「そうね。私も、素人ながら、調べれば調べるほど、ジュブ=ニグラスの呪いと比べると条件的にお手軽過ぎると思うわ」

「ええ……呪いといわれるものに共通することですけど、殆どの呪いは、ただの都市伝説ですから。羊の殺し歌には、そういった都市伝説として創作された、想像上でしかない呪いの特徴が表れています」

「そもそも存在しない呪いの線が濃厚……か……もう一つの、切り裂き老婆の方も、呪いじゃなくて、現象だから、この期に及んで、ただの怪物でした。なんてことも無いしねぇ」

「いえいえ、そうでもないですよ?」

「あれ? そうなんだ?」


「単純な現象だからこそ、犯人が誰か分からなかったとも考えられます」

「ううん……なるほど……つまり、犯人は居なくて、あの怪物が好き勝手やってるってことね」

「そうです。今は機械や電気、電子が発達して超自然的な力が弱まりつつありますけど……それでも、災害級の超常現象が起こる可能性もあります」

「で、あの怪物が、その災害級の超常現象だっていうのね」

「そうです。幽霊でもなく、呪いでもない。性質的には妖怪みたいなものでしょうか」

 梓は杏香に答えながら、いつぞやの八日の里に行ったことを思い出していた。

「――クレハは妖狐。ずる賢い。注意した方がいい」

 ふと、雪奈の言葉もそれに引きずられて思い出した。そう、クレハは妖狐だ。妖狐は一般的に、ずる賢く、すぐに人を騙すとされている。本当に信用していいのだろうか。梓はここに来て、妖怪の里を治める者であるクレハを疑い始めている。


「破魔の力が聞いたので、それからは私も妖怪だという考えは頭から消してたんですけど……杏香さんが持ってきた、切り裂き老婆のウェブページを見てからは、もしかしたら、妖怪の仕業だという可能性は、まだあるのかな……と」

「そういえば、妖怪の里がどうのこうのって言ってたわね」

「ええ……こちらが正解だとすれば、再び妖怪の里に行かなければいけないでしょうね。今度は更に危険な行為になるかもですが……」

「妖狐クレハか……彼女が腹に一物抱えてたら、やっぱり戦うことになるのかな?」

「交渉次第ですが……この事については、既に隠してます。人の仕業だと印象づけるようにして」

「妖怪は人間の敵……ってわけね」

「はい。その時は、覚悟を決めないといけないでしょう。ただ、私達は怪物一体に対しても手こずっているので……」

「ちょっと、厳しいわね。物理が効く相手だったら、何人か集めてはこれるけど……」

「怪物には、それが通じなかったです」

「ええ……」

「でも、破魔の力は効果があった。その事も踏まえると、呪いの性質に近い妖怪と言えるでしょう。自我を持っているかは謎ですね。その風貌から、大鎌鬼おおがまのおにの可能性はあるですけど……」

「あ、もう知識で特定できるんだ?」

「いえ……私も直接見たことは無いですし、歴史的な資料にも限られた情報しか書かれていないので……大鎌鬼おおがまのおにがどんな妖怪だったのかは、また改めて調べる必要があるです。逆に言えば、破魔の力の効果があって、物理的な攻撃が通じない妖怪なのかが分かれば、妖怪の仕業か、そうでないかは分かります」

「そっか……そっちは優先的に調べる必要があるでしょうね」

「はい。こっちの方は、まだまだ時間がかかるかもです。他にも調べないといけないことが、いっぱいあるですから」

「まだ、なんかあるんだ?」

「怪物の倒し方です。あれほど強力な現象を、過去の霊媒師たちはどうやって倒したのか……」

「なるほど、過去の事例を調べるわけね……でも、過去に無い、まったく新しい出来事だったら?」

「そうだったら、手を付けられないので困ってしまうですけど……十中八九、あり得ないでしょう。大概は、過去に何らかの、似たような出来事があるですから。無かったら、都市伝説の可能性を疑う方がいいでしょう」

「つまり、これもデマだと」

「はい。そうだったら、ジュブ=ニグラスの呪い一択になるですね」

「そっかぁ」

「切り裂き老婆が現れた年代はどれくらいなのか。その時の霊媒師たちは、どれくらい強力だったのか。これが一番のポイントになるでしょう。どれだけ強力な現象に、どれだけ強力な霊媒師で対処したのかが分かれば、これから怪物と戦う上での目安になるです。それに、ここからも真偽の検証ができるです。霊媒師と現象のバランスによって、対処不可能か対処可能かを調べるんです」

「なるほど。パワーバランス的に、あまりにも非現実的なら、これも単なる都市伝説だってことになるのね」

「そういうことです。だから、まずはその二つを調べて、事実かどうかを確認するです。そして、事実だった場合……いよいよ、あの怪物と戦わないといけないです」

「ええ……でも、あの怪物と、ガチでやりあうとなるとね……」

「破魔の力で無理矢理に浄化するのは無理があるですよね。だから、切り裂き老婆が本当だった場合には、次にその対処法も調べないといけないです。過去の霊媒師たちはどうやって切り裂き老婆と戦ったのか。あの怪物は、どのくらいの周期で現れているのか。それに規則性はあるのか。怪物の他にも何か起こっているのか……色々と調べる必要があるでしょう」

「なるほど……問題は山積み……って感じね」

「そうですね。でも、ことの真相は、段々分かってきたです。超常現象か、呪いによるものか……」

「確かに。超常現象だった場合は、本命は切り裂き老婆だけど、呪いによるものだったら、本命はジュブ=ニグラスの呪いよね」

「そうです。的は縛られてきてます」

「ううん……梓は、どう見てるの? 私はこういうの専門外だから、どっちが、より可能性があるのかって、ちょっと分からなくて……」

「どちらもそれなりに信憑性はありますけど……今の段階で証拠が揃っているのは、やっぱりジュブ=ニグラスの呪いの方でしょう」

 梓が、この部屋に散乱している紙のうち、自分のすぐ手前、コタツの上に置いてある紙を手に取った。

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