80話「ダイイングメッセージ」

「『Gort』、つまり山羊。実は、羊の殺し歌の時も『Gort』って単語は思い浮かべたんだけど、『Gort』は山羊だから……」

「羊じゃないですね。でも、ジュブ=ニグラスは羊の姿をしているとも言われてるですから、こっちが当たりっぽいです」

「ええ……被害者が羊のことを間違って『Gort』と書いたってことまで考えてみたんだけど……この呪いがありえるのなら、血で書かれたダイイングメッセージは、この呪いを指している可能性の方が高くなってきたわね」


「ええ、そうですね……でも杏香さん、何でジュブ=ニグラスという具体的な神の名前が出る所まで踏み込むことが出来たんです? あの時期、警察も私達も、呪いかどうかすら分かりかねていたのに」

「ええ。不思議でしょうね。たまたま襲われた被害者が、どうしてその怪物を呪いだと確信し、その呪いの大本の神に至ることが出来たのか……」

「そうですそうです。……あ! もしかして、その被害者が真犯人だったとか!?」

「だったら、何でその後も続いてるのよ。殺人が」

「ああ、そうですね……」

「被害者は、実はそんな事件の本質は、全く意に介してなかったのよ」

「そう……なんですか……じゃあ、何で……」

「その理由は被害者の職業にあるの。実は、あたしは被害者の職業を見て、GOのダイイングメッセージはGortなんじゃないかって、一回は思い浮かべたんだけど……何故、Gortと書いたのかまでは分からなかったから、その時は重要じゃないだろうと思って脇に置いといたんだけどね……今の説明を聞いて、ピンときたのよ」

「被害者の職業……」

「そう。この人、助教授だったのよ。生物学の」

「生物学の助教授……ああ、だから、骨格で山羊だと分かったですか」

「そういうこと」

「なんとまあ……本人からしたら、咄嗟に何かを残そうとはしたんでしょうね」

「ええ。生物学者からしたら、動いて鎌を持っている骨人間なんて、不可解極まりないものだったでしょう。だから、伝えたい事も山ほどあったでしょうけど……その中で、この『Gort』という単語がたまたま選ばれた。ってことでしょう」

「なるほど……確かにそれが一番自然な考え方っぽいですね」

 梓が頷くと、杏香も首を縦に振り、「ふぅ」と軽く息を吐く。


「なんにせよ、さすが梓と言うべきかしら。まさか、このブードゥーの呪いが一気に有力候補を追い越して、一番怪しい存在になるとは思わなかったわ」

 ブードゥーとクトゥルフの意外な繋がり、そして、この呪い自体がこれほど有力になった事に、杏香はまだ驚きと興奮を隠せないでいた。しかし、同時にいつまでもうろたえていても仕方がない。それより、梓に見せれば呪いについて、更に深い所の情報も得られるだろうと思い、杏香は更に色々なウェブページを梓に見せたが……他のウェブページに関しては、それほど新しい発見も無いままだった。


「これで全部ですか。結構量がありましたね」

「まったくね。ふぃー……でも、結局、あの三候補の中から考えることになりそうね」

「そうですね。特にジュブ=ニグラスの呪いについては、もっと調べてみる必要がありそうです」

「ええ。これだとするなら、犯人に一番近づける可能性のある呪いじゃないかしら。人骨や、依代の出どころが分かれば、そこから犯人に繋げることも出来るだろうし」

「そうですね。どうにかして物の流れを逆に辿っていければ……」

「まあ、そっちは、どっちかというと私の領分だから、そこは私に任せてもらって構わないわ」

「そうですね。その方が効率的です」

「梓は別の……そうね……何かしらね?」

「呪いの細かいルールについて分かれば、犯人を特定する突破口が開かれるんじゃないかと」

「なるほど……そっちからか」

「もし、これが本当に豊穣のまじないの呪いバージョンだったら、何かを……人の命と等しい存在を供物として捧げていることは確かでしょう。問題は、それが何かです。つまり、単純計算ではこの連続殺人で殺された人数の半分の生け贄が、最低限必要になります」

「……生け贄が人だと考えた場合ね」

「そうです。この短期間で、しかも相当のペースで生け贄を確保しているのには、少し非現実的な感はあるですけど……でも、人間の命そのものを除いて、人間の命と同等の存在を考えると……この短期間で、それを作り出すのはもっと不自然でしょう」

「そうね……人間以外の生け贄を探すにも、わざわざ野獣の類を捕まえてくるのなんて相当難しいし……毎日毎日、何らかの手段で呪いの力を貯めてるとしたって、年単位の時間が必要でしょうね」

「その通りです。動物を使うのなら、大きさや、生き物としての価値次第ですが、それでも当然、人間そのものではないので、その価値は人間よりも少なくなるです。少なくとも人間の三~四倍の匹数は必要になるでしょうね。後半についても、代替手段を用いたとして、短期間で何回も呪いの力を使ってるですから、それにも無理があるです。こちらも人間の命、そのものではなく、あくまで代わりになるものなので、一人の人間に対して、一人の人間の命よりも重い何かをしないといけないです。その方法は、長期間で呪いを完成させること前提として用いられるなら分かるですけど……短期間に一気に出来る性質のものではないと思うです」

「やっぱ、そうよね。呪いって、世知辛いわねぇ」

「呪いは、いわば悪意との契約ですからね。しかも、値切ったりオマケしてもらったりは基本、出来ませんし、儀式も一歩間違うと、自分の身に危険が及ぶものばかりですから。そう考えると、人間同士の約束よりもきっちりしてるです」

「そうねえ……」

「犯人が、何を生け贄にしていたか、そして、私が阻止した呪いはどうなったのか。私はこの辺りを調べてみるです」

「ああ、そうか。それもあったわね。あの時、梓に阻止されたにもかかわらず、死体は二つ出た。梓の言う通り、呪い返しなのかどうなのかね」

「そうです。可能性の高い呪いも出揃ったところで、その辺りも憶測の部分を少なくしていきたいですね」

「ええ、そうね」

 いよいよだ。梓と杏香、二人のの心境は同じだった。いよいよ、この凶悪な事件を引き起こした犯人に肉薄し、追い詰める時が来た。二人に走ったのは、犯人と対峙する不安と緊迫だった。

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