54話「オシャレなフリースペース」
オシャレなフリースペースに行けばロニクルに会えるかもしれないと、梓はすかさずメモ帳に書き入れた。
「一人でも大勢でも、勉強とかに使うことが出来て、パフェとかも頼むと出てくるらしいですよ!」
悠が興奮気味に梓に喋り出したので、駿一は自分が喋らなくても良くなったと、少し安堵する一方で、女という生物は、本当に理解し難いものだと思った。ロニクルさんにしろ、悠にしろ、この高校の……いや、恐らく全国の高校の女子がだろうが、パフェとオシャレという言葉に弱く、単なるフリースペースだと思っていた頃は、ごくごく普通のリアクションをしていたのだが、オシャレらしいということと、パフェが食べられるらしいという情報が流れた途端、食い付きが驚くほど良くなった。全く、女の気持ちというものは分からないものである。
「へぇ、面白そうですね。オシャレな感じでパフェが出るですか」
「いい感じでしょー?」
「行ってみたいですねー、桃パフェとかあるんでしょうかね」
梓さんの方も、なにやら悠と、女子特有の甘い雰囲気で話し始めた。梓さんも女子高生なので納得は出来るのだが……女子がこれほど興味を惹かれるという事実に、駿一は男としての疑問を抱かずにはいられない。
「――でも、ロニクルさんって宇宙人で転校生ですけど、この高校のこと、色々知ってそうですね。なんか、聞く度聞く度、ロニクルさんって色々な所に行ってる気がします」
「ああ、ロニクルさんは、地球の文化を知るために高校に転向したから、そういう知識はどんどん吸収してるんでしょうね。ここまで積極的だとは思わなかったですけどね」
ロニクルの貪欲さには、駿一も驚いている。学校に転校するやいなや、クラスの中は勿論、先生も含めて様々な人に、家での生活のことや、今の流行のこと等、色々なことを聞き始めたのだ。
最初はこんな目立ったことをして、宇宙人だとバレやしないかと冷や冷やしたものだが、どうやら、ちょっと過激で世間知らずな、噂と流行りもの好きのお嬢様だと思われるだけで済んでいるらしい。私立から転校した世間知らずのお嬢様的なプロフィールに偽装したのも功を奏したのかもしれないが、不思議なことに、ロニクルさんに違和感を抱く人は、思いのほか少ない。
「へぇ、あれからそんなことがあったんですか。宇宙人なので心配だったですけど、文化的にも人間的にも馴染んてるようだし、何よりですね」
「まあ……そうなんすけどね」
駿一が、歯切れの悪い返事をする。ロニクルさんが、そこらじゅうの人と関わっても、やっぱり宇宙人だとばれない違和感と、にも関わらず、ロニクルさんが何か言い出すと、結局自分が付き合わなければならないことに対する理不尽感で、駿一はどうにも納得がいかないでいる。
「……ま、この高校のことだったら、本当にロニクルさんに聞くのがいいかもっすね」
「そうですか……私、この高校の人が、放課後に過ごす場所って、大体どのあたりなのかを調べてる最中なんです」
「そうなんすか……んー……やっぱ、この辺りの本屋とか……ゲーセンとか……あとは食べ物屋とかっすかね」
「うんうん、やっぱりその辺りですよね」
「俺もあんまり詳しいことは分からないっすけど……商店街とか、駅前に集まってる連中が多いと思います」
「なるほどなるほど……」
梓が駿一の言葉を聞きながら、さらさらとボールペンを走らせてメモ帳に書き入れている。
「あとは……うーんと……それこそロニクルさんに聞いたら色々分かるかもしれないっす。この辺りはロニクルさんの得意分野っすから」
「そうですか。確かに、話を聞く限りだとロニクルさんは知ってそうですね……そうですねぇ……」
梓は考えた。ロニクルさんは、今は、噂のオシャレなフリースペースとやらに行っているので、すぐに捉まりそうだが……。
「もう少し、ここで情報収集したら、会いに行ってみましょうかね」
それほど急ぐこともなさそうなので、梓はもう少し、ここで情報収集をしてからロニクルさんの所へと向かう事にした。
「ここですかね」
情報収集を終えた梓が、噂のワークスペースの扉を開けると、中には雰囲気のある空間が広がっていた。店内は主に間接照明によって光を得ていて、ワークスペースの全体は薄暗い。しかし、個別のスタンドライトによって、本を読んだり何かを書いたりするための充分な明るさは確保されているようだ。
店内で一番明るく見えるのは、店内の所々に見える、敢えて光源から天井の方へと向かうように見せている光だ。それでも光源の部分は遮蔽物で隠してあり、壁に放射状に反射している光が見えているだけなので、店内は暗めで落ち着いた雰囲気に仕上がっている。
店内の所々には、鉢に入った観葉植物が置かれていて、これも心を落ち着かせる要素の一つになっているのだろう。
奥には水のサーバーらしきものもあるが、テーブルの、半分くらいには、グラスではなくてティーカップが置かれている。コーヒーや紅茶を飲んでいるのだろう。
「えーと……」
梓が辺りを見回すと、店内の右端の方に、他の所と比べて、少し明るめに照らされている一角を見つけた。そこには人が何人か座っているカウンターがある。その曲線的なカウンターの上にはサービスカウンターと書かれたパネルが置かれている。
「あそこですかね?」
受付はあそこらしいと思った梓は、サービスカウンターの方へと歩いていく。
「すいません、えーと、席ってどこに座れば……」
「あ、初めての方ですか? 開いている席にご自由に座っていただければ大丈夫です。カフェメニューの注文や貸し出し品の希望などありましたら、このサービスカウンターまでお越しいただくか、テーブルに備え付けのベルにてお知らせ下さい」
「あ、はい。分かりました」
どうやら、席には自由に座って、必要に応じて係の人を呼べばいいらしい。梓はそう理解したので、ひとまずロニクルさんを探すことにした。
「ええと……」
座っている人を見ながら店内を歩く。梓が曇りガラスのようなしきりに囲まれた区画に入った時、鮮やかな緑色の髪が目に留まったので、梓はすぐに、それがロニクルであると分かった。
「ロニクルさん?」
「……プ?」
振り向いた緑の髪の女子は、紛れもなくロニクルだった。
「こんにちは、ロニクルさん」
「あ、梓さんプ」
「ここ、空いてます? 勉強中です?」
「どうぞどうぞピ。別に何をするわけでもなく、このお店を見に来ただけなので、何も気にしなくていいプよ」
ロニクルが笑顔で答える。
この、どこかおっとりしていて穏やかながら、気品のある風格が、ロニクルさんがお嬢様学校からの転校生だというプロフィールにリアリティを与えているのだろう。梓はそう感じながら、ロニクルさんの対面に座った。
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